36話 不敬な輩を排除したつもりが善行をこなしてしまっていた魔王

 晩飯も食い終わってすっかり夜になった頃。

 今日は色々と仕事をこなしたし、疲れを感じるな。眠くなってきた。


「この後どうするんだ」


 カゲヌイがこの後のことを聞いてくる。


 冒険者ならば宿屋なのだが、魔王はこういう時どうするんだ?

 そういえば寝る魔王っていうのもイメージしづらいな。

 あんまり考えたことなかった。

 魔王が宿屋に泊まるっていうのも違う気がする。

 魔王、眠りにつく……封印?

 いや、封印されちゃダメだろ。

 魔王趣向的に正しい夜の寝かたとはなんなんだろうか。


 一周回って普通に宿屋でいい気がしてきた。


 そんなことを考えていると向こう側からいかにも泥棒みたいな小悪党がこちらに向かって走ってくる。


「邪魔だ!どけ!」


 どけだと?魔王が道を譲ることなど決して許されないのだ。

 当然俺はどくことも道を譲ることもせず道のど真ん中に突っ立っている。


 あろうことかナイフを懐から取り出してこちらに突き付けた状態で走ってくる。

 脅しのつもりだろうが、そんなことしようものなら——


「「!!」」


 やっぱりな。

 俺の配下二人がすかさず前に飛び出した。


 まずメアが右の拳を繰り出し小悪党の顔を陥没するくらいの威力で打ち抜いた。


「ごふぅっ!?」


 左側に吹き飛ぼうとしていた小悪党の体を、左側に立っていたカゲヌイが左足で脇腹をぶち抜いた。


「あがっ……」


 体が折れ曲がった状態で小悪党はその場で倒れこんだ。

 生きてんのか?これ。まぁどうでもいいが。


「スルトに手を出すな」

「ふん」


 我が配下二人は何者も寄せ付けぬ威圧感を醸し出しながら俺の前に仁王立ちしている。

 流石は俺の配下。護衛の仕事もきちんとこなしている。これぞ魔王の側近というものだ。

 俺が魔王趣向に浸っているとどこからか少女の声がした。


「お、お兄ちゃんたち……ありがとう……」

「ん?」


 よくよく見ると、動かなくなった小悪党の腕の中から少女が現れた。

 何だ、ただの人攫いだったのか。

 放っておけば良かったな。


「突然あの男の人に攫われそうになって……」

「そうなんだ」


 メアが少女の相手をしてくれる。

 正直こういう子供の相手は面倒くさい。

 得意な配下に任せておくのが一番だ。


「お兄ちゃんたちが助けてくれなかったら……」

「……何?」


 助ける?助けるだと?聞き捨てならん。

 俺はたまらずメアを押しのけて少女の前に立つ。


「おい、言っておくが、俺はお前を助けたわけじゃない。

 この俺に不敬を働く痴れ者に審判を下したにすぎん。

 俺に対し二度と“助ける”という単語を使うことは許さん」


 まるで俺のことを英雄かのように言いやがって。

 俺は死んでも英雄なんかにはならん。

 俺は英雄を殺して魔王になるのだ。


「あ、うん。言ってることは難しくてよく分からないけど、恥ずかしいんだね」


 俺の威圧に対して少女は動じておらずそんな勘違いをしてくる。

 こいつ、今ここで粛清してやろうか。


「子供相手にムキになるなよ」


 カゲヌイが突っ込みを入れてくる。

 俺は相手が大人だろうが子供だろうが差別しない。

 子供が相手だろうが魔王にとっては関係のないことだ。

 魔王たる威厳を示すことは何より重要なことだからだ。


「あ、そうだ。お兄さんたち、泊まるところは決まってる?うちに来ない?うちのお母さん、宿屋やってるの!」


 宿屋か。ふむ、どの道探していたところだ。

 野宿という手もあったが魔王が野宿というのもらしくない。

 この少女のことは気に入らないがここは行ってやるとしよう。


 なんなら、こいつを助けた見返りとして法外な報酬を要求するのもいいな。

 そうすればこの小娘も俺が他人を助けるような人間でないことを理解するだろう。


「いいだろう。この俺が行ってやる。光栄に思うがいい」

「うん、ついてきて」


 少女は俺の発言にビビるどころか触れることもなくそのまま案内を始めた。

 なんかこう、渾身のスイングが空振りしたみたいな手ごたえのなさだな。


 俺たちはそのまま少女のあとをついていったのだった。


****


 少女に案内された俺たちは宿屋を訪れた。

 町の中でも割と大きな宿屋だ。

 多少金はかかるかもしれんが、魔王がボロ宿に泊まるわけにもいかんしな。


「ここだよー」


 少女はそのまま宿屋の扉を開けて中に入っていく。


「ねぇ、スルト」

「どうした」


 メアが裾を引っ張ってくる。

 視線を向けるとメアが指差した場所には看板が置かれていた。

 それにはこう書かれていた。


<冒険者お断り>


 おいおい、なんで?

 冒険者ギルドがある宿屋で冒険者お断りってどういうことだよ。

 というか冒険者の町の宿屋が冒険者を泊まらせないならどうやって儲けるっていうんだよ。


「どうしたの?入らないの?」


 ドアの隙間から少女が覗いてくる。

 冒険者はお断りなんじゃないのか?

 そのことをこの少女が知らないわけでもないだろうし。


「とりあえず入ってみるか」


 一旦は考えないことにして、俺たちは宿屋の中へと入った。

 受付にアンの母親と思わしき女性がいた。

 アンの母親はアンの姿を見ると駆け寄ってくる。


「アン!どうしたの、心配してたのよ!?」

「ちょ、ちょっと道に迷っちゃって……」


 道に迷った?思いっきり誘拐されてそうになってたろうが。


「でも、このお兄さんたちが助けてくれたの!」


 アンがこちらを指差す。

 アンの母親はこちらに視線を向けると、怪訝そうな顔をする。

 怪しんでるな。まぁ当然だろうが。


「ねぇお母さん、この人たち泊めてあげようよ」

「悪いけどうちは冒険者は……」

「大丈夫だよ、この人たち優しいし!」


「——は?」


 アンはそんなことを言う。

 おい、また言ったな。

 魔王に対して優しいとはなんだ。

 最大限の侮辱だぞ。

 こいつ、粛清すべきか。


 いや、やはりこの俺が悪であることを主張しなければ。

 やはりこいつを助けたことを理由に法外な報酬を請求すべきだな。


「おい、この小娘はさっき誘拐されそうに——」

「あ!だめだめ!」


 あろうことかアンは俺の背中を上り、後ろから手をまわして俺の口を両手で抑え込む。うごっ、息ができん。


「ゆうかい?」

「何でもない、何でもないの!」


 アンは俺の後ろに張り付いたまま必死にごまかそうとする。

 俺がこれ以上言えないようにしているが、俺としてはここで諦めるわけにはいかん。

 このままでは俺がいたいけな少女を助けるような人間だと思われてしまう。


「うごっ、報酬をっ、金貨3000枚寄こせっ……!」

「もごもごしてなんて言ってるか分からないわ。うーん……」


 アンの母親は再びこちらの様子を窺う。


「この人たち、さっきから言動が変だし、凄く怪しい見た目してる気がするんだけど……」

「でも中身は優しいよ!」


 また言いやがった。

 魔王の顔も三度までだ。今度こそ殺して——


「スルト、怒るなって」


 そう思ったがカゲヌイに腕を引っ張られて止められた。


「分かった。うちの娘に免じて特別に泊まってもいいわ。ただし!何か問題を起こしたら出てってもらうからね!」


 アンの母親が許可を出してくれる。

 なんだ、この母親は冒険者嫌いなのか?

 まぁ俺には関係のないことだが。


「部屋はどこがいい?」


 ようやくアンは俺の背中から離れた。

 またしても窒息死するかと思ったぞ。


 部屋か。どうするか。

 分けるべきか、一緒にするべきか。


「私は一緒の部屋でもいいよ」

「私も。というかどうでもいい」


 メアとカゲヌイの二人は俺たち三人が同室でもいいようだった。

まぁ俺の知らないところで暴れられたりしても困るし、同じ部屋である程度監視ができる状態の方が俺としても助かるか。


「一部屋で構わない」

「一部屋……。言っておくけど、夜はあまり騒がしくしないでね。娘の教育上よくないわ」


 宿屋のおばさんはそんなことを言ってくる。

 変な勘違いをしているんじゃないだろうな。


「私が案内します!」


 アンがこれ見よがしに部屋の鍵を掲げる。

 いわゆる家族経営なのか?

 こんなに大きな宿屋を一家で切り盛りするとは。


 俺たちはアンに案内され部屋へと向かう。



 思いの外広いな。

 三人で泊っても十分余裕のある広さだ。

 眺めも悪くない。


「あのおばさんの態度はなんなんだ?初対面のくせに」


 カゲヌイがボソっとそんな愚痴を吐く。

 いや、お前が人に対して態度がどうこうの言える口か?


「この俺に対して“優しい”などという暴言を言い放つそこの娘に比べたらマシだろう」

「お前のその変な感覚もどうかと思うんだが……」


「ごめんね、実は前に冒険者がたくさん泊まってた時に酔って暴れてあちこち壊したんだけど、弁償もせずに帰っちゃったことがあって。

 それ以降お母さんは冒険者は泊めないことにしてたの」


 アンにもその言葉が聞こえていたらしく、事情を話してくる。

 難儀なものだな、宿屋の経営とは。

 俺には関係のない話だが。


「それじゃあ、ごゆっくり!」


 そういうとアンは扉を閉める。


 俺は部屋に入って真っ先に目に入った大きなベッドに腰掛けそのまま寝転ぶ。

 ようやく休めそうだ。

 すると同じようにカゲヌイがベッドに寝転び始める。


「何をしている。この寝床は俺が使う。

 貴様ら配下は配下らしく地べたにでも寝ているがいい」

「横暴だぞ!こんな広いベッドを独り占めなんて!」


 カゲヌイが苦情を言うが知ったことではない。


「わーい!」

「ぐべぁっ!?」


 既に俺がベッドで寝転んでいるというのに気にせずメアがベッドにダイビングしてくる。

 思いっきり足が俺の顔に当たってるんだが。痛い。


「何をするか!謀反か、謀反なのか!」

「あ、ごめんごめん」


 メアは雑に謝ってくる。

 こいつ、全然悪いと思ってないな。


「ふん、付き合ってられるか」


 そう言うとカゲヌイは俺の影の中に潜り込む。


「あ!ずるい!私もスルトの影の中に入りたい!」

「影潜りスキルの持っていないお前には無理だ」


 俺の影でメアとカゲヌイがもみくちゃに押し合っている。


「貴様ら!いい加減ベッドから出ていけ!!」


 しばらくの間3人での喧嘩が続いたが、最終的にジャンケンでベッドで寝る権利を決めることになった。

 以下はジャンケン結果。


 俺   :パー

 メア  :チョキ

 カゲヌイ:チョキ


 見事に俺が敗北し、配下二人にベッドの占有権を奪われてしまった。

 俺魔王なのに。

 しかし魔王たるもの真剣勝負を受けたというのならそれに従わざるを得ない。


 その晩はメアとカゲヌイが幸せそうにくっついてベッドに寝転んでいるを眺めることしかできなかった。


 くそ、明日、明日こそはベッドで寝る権利をこの俺が手に入れて見せる。

 俺は窓から差し込む月明かりを見ながらそう心に誓ったのだった。

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