おまけ その5 ベッドの上の魔王(意味深じゃないほう)

 ある日の夜。宿屋のベッドの上で魔王一行が川の字になって寝ていた時のこと。


「うぅ~ん……スルトぉ……」


 ベッドで寝ているとメアがやたらと俺の方に抱き着いてくる。

 それはまだいい。実害に関しては暑苦しいくらいだからな。本当はあまりよくないが。

 だが、たまに首に抱き着いてくることがあるので窒息死しかけるのだ。

 

 本人にそのことを伝えて𠮟りつけたことがあったが本人はというと覚えていないの一点張りだった。


 ちなみにだがカゲヌイの方も寝相がすこぶる悪い。

 俺の影の中で寝ている時は問題ないのだが、たまに外に出てきて俺たちと同じようにベッドの上で寝ていることもある。

 しかしあまりにも寝相が悪すぎて翌朝には向きが180度回転していたり、あろうことか思いっきり足のかかとが俺の顔に当たっていることすらある。

 

 こいつ、魔王を足蹴にするとは不敬者が。処断してやろうか。


 カゲヌイに関しては俺の影の中で眠らせておけばいいが、問題なのはメアだ。

 どうしたものか。


「よしメア、お前は今日は床で寝ろ」

「えー、嫌だよ」

「やわらかいマットレス買っといてやったから、とにかくそうしろ」

「ちぇー……」


 渋々メアは俺の命令に従う。


 そして結果どうなったかというと——


「……ん?」


 寝ている時に気配がしたので横を見ていると、メアが寝ぼけながらベッドをよじよじと上ってきていた。

 ベッドを上り終わるとそのまま俺の体に抱き着いてくる。

 どんな寝相してんだこいつ。

 暑苦しいわ!!

 この町割と暑いんだからもっと涼しくさせろや!!


 次の日、また俺は対策を立てる。


「スルト、何してるんだ」

「メアが侵入してこないように簡易的な柵をベッドの横に建てているのだ」

「なんだそれ、いるのか?」


 カゲヌイが呆れ顔をしている。

 しかたないだろ、こうでもしないとメアに侵入されるんだから。


 そして問題のその日の夜。

 結果はどうなったかというと——


「……ん?」


 夜中に何かが壊れる音がしたので、横を見てみると、またしてもメアが寝ぼけながら俺に抱き着いてきていた。

 

「うぅーん……」


 いや待て、俺は昨日侵入を防ぐための塀を設置したはず。

 それは一体どこに——


 ふと横を見てみると、塀が外されて雑に床に置かれていた。

 まさか、寝ぼけながら塀を破壊して外したとでも言うのか?


 これはもはや寝相と言っていいのか?

 というかなんつー執念だよ。そこまでして俺と寝たいのか?

 ここまで来たら夢遊病とか言う方が正しいんじゃないだろうか。

 まさか、右眼の魔眼は寝ている時にすら発動するというのか!?

 それとも、伝説の睡拳と呼ばれる寝ながら戦う戦技だというのか!?


 その翌日の晩。


「——と、言うわけだ。仕方がないのでカゲヌイ、お前に救援を求む」

「面倒くさいな……」


 仕方がないのでカゲヌイにも協力してもらうことにした。


「それで、私は一体何をしたらいいんだ」

「お前にはメアと同じように床で寝てくれ」


 ベッドには俺一人で寝る、床のマットレスにはメアとカゲヌイが寝る。

 補足するとカゲヌイは俺とメアの間に挟む形の位置で寝る感じだ。

 これならメアが俺の方に行こうとしても間にカゲヌイがいるから俺のところまで来れないという寸法だ。


「はぁ?床で寝ないといけないのか?」

「上質なマットレスにしてあるから、それに、ふかふか掛布団も買っておいてある」

「分かったよ……」


 カゲヌイは渋々納得したようだった。


 そしてその夜。


<カゲヌイ視点>


「うぅ~ん……スルトぉ……」


 メアが私のことをスルトと勘違いしたまま抱き着いてくる。

 しかし途中で気づいたのか、半目を開けながら、こちらの顔を眺めてくる。


「んん……?なんだ、カゲちゃんか……なら、いいやぁ……」


 そういうとメアは再び寝始める。

 ならいいやって、私でもいいのかよ。


「んんっ……」

「うひゃっ!?」


 メアがこちらに抱き着いてきたことでメアの体のあちこちが触れてしまう。

 ちょっと待った。スルトはなんでこの状況で暑苦しいですませるんだ。

 あいつって、男としての性欲とか無いのか?いつも魔王魔王って言ってるからそれ以外に興味湧かないのかもしれないが…… 


 あんまり言いたくないがメアって胸を私よりおっきいし……

 心なしかいい匂いもする気がする。


 あんまり意識してなかったが、メアって人間の中でも結構美人みたいだし……

 人間の男っていうのはもっと獣のように異性に貪欲な生き物だと聞いてたのに……どうしてスルトは——


 駄目だ、このままだと私は開いてはいけない扉を開きそうな気がする。

 違う、私が旅に同行している目的はただ英雄たちに復讐するためであってこいつらと仲良しごっこをするためじゃなくて——


「うぅ~ん……」


 次の瞬間、メアは私の胸元ではなく首元を抱きしめてくる。


「ぐぇっ……!?」


 なんという握力だ、全く振りほどけない。

 さっきまで違う扉を開きそうになっていたのが今度は冥界への扉を開いてしまいそうだ。

 く、苦しい!この私が力で人間に負けるなんてことがっ!!


「い、息がっ——メアっ……!」


 やばい、本当にやばい。このままだと……

 しかし、抵抗もむなしく私はそのまま意識が遠のいてしまった。

 

<スルト視点>


 翌朝。


「うーん!今宵も世界を掌握し闇に包むに相応しき朝日よ!」


 俺は窓を開きかっこいい口上を呟きながら伸びをする。

 そういえば昨日はメアが抱き着いてこなかったな。

 カゲヌイが仕事してくれたようだ。

 褒美をくれてやらねば——


「ねぇ、スルト……」

「どうしたメア」

「カゲヌイちゃんが……動かない」


 ふとメアとカゲヌイが寝ていた床の方を見ると顔を青くして干からびた状態のカゲヌイが倒れこんでいた。


「カゲヌイ、貴様の今までの戦い、ご苦労だった。

 冥界でこの俺の魔王としての道を見下ろしているがいい」

「か、勝手に殺すな……」


 普通に生きてた。人騒がせな。


 そんなこんなあってカゲヌイを殺しかけてしまったメアはようやく反省して寝る時に首元に抱き着いてくることはなくなったのだった。

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