おまけ その4 宿屋で混浴(セクシーさは皆無)
町の宿屋に泊まっているある夜、宿屋の通路を歩いていると、宿屋の娘のアンに呼び止められた。
「実はね、この宿屋には温泉があるんだよ!」
「ほう」
何の用かと思ったがどうやらこの宿屋にある温泉を勧めてくれてたようだ。
「体の疲れも癒されるし、しかも凄い熱いお湯が特徴で、巷では地獄温泉とか魔王温泉って言われてるんだよ!」
「——魔王、だと?」
魔王を志す身としては魔王という言葉を聞き逃すわけにはいかない。
「すっごく良いお湯だから入ってよ!」
「ふん、そこまで言うなら入ってやろう」
俺はアンに案内され温泉のある場所へと向かった。
服を脱ぎ、勢いよく横扉を開いて外へと出る。
温泉に片足をつっこむ。
確かにかなりの熱さだ。
ぎりぎりやけどしない程度ではあるが、熱さが苦手なら浸かることすらできないだろう。
しかし、俺から言わせれば地獄とか魔王を名乗るには到底及ばぬレベルだ。
なにより魔王たるもの、普通に温泉に入るだけでは魔王らしくない。
ここはこうして——
俺が温泉にちょっとした細工を施していると、扉がある場所からよく聞く二つの人間の声が聞こえてきた。
「わぁー凄く広いね!」
「私、風呂とか嫌いなんだが……」
「まぁまぁ、こんな機会めったにないし」
声の主はメアとカゲヌイだった。
メアはこちらに気づくと声をかけてくる。
「あれ、スルト」
「え?っておおおい!?なんでお前までいるんだよ!?」
カゲヌイが俺が先に温泉に浸かっている姿を見て動揺し始めて横にある岩陰に隠れる。
「入浴済みの看板を立てかけておいたろう。それを見ずに入ってきた貴様らの落ち度だ」
「あ、ごめんごめん」
メアが雑に謝ってくる。
「な、なんでお前たち動じてないんだ……」
岩陰に隠れたままカゲヌイが聞いてくる。
「うーん、小さいころよく一緒に入ってたからかなぁ」
「いいいい、一緒に風呂に入ってたのか!?」
メアの言葉を聞いた瞬間カゲヌイの顔が風呂に浸かってもいないのに真っ赤になり猫耳もすっかり逆立っている。
「みみみみ水浴びの時に裸を見せ合う関係ってことはつまり、将来を誓った伴侶となる異性ということであって、それはつまりお前らはそういう関係ということなのか!?!??!」
カゲヌイは更に顔を赤くして目もぐるぐる回している。
急にどうしたこいつ。キャラが違うぞ。変なものでも食ったか?
「カゲちゃん、落ち着いて。
人間は獣人と違って仲がよければみんな一緒にお風呂に入るものなんだよ」
「そ、そうなのか……?」
いや、メアのその認識もおかしいような気がするが。まともなツッコミ役はいないのか?
メアから話を聞かされてようやく落ち着いたカゲヌイはタオルを体に巻きつつも岩陰から出てくる。
「今この温泉は俺が占有しているのだ。貴様ら配下は大人しく魔王が入浴を終えるのを地べたにでも座りながら待ってるがいい」
「お、横暴だぞ!」
いつものようにカゲヌイが俺の主張に対して反抗の意思を示す。
「さ、寒いな……」
寒さに耐えきれなくなったカゲヌイが片足を風呂場に入れる。
するとカゲヌイの右足がみるみるうちに真っ赤に染まっていく。
「あっちぃィイッ!?」
カゲヌイがあまりの暑さに飛び上がりあちこち走り回りやがてその場にぶっ倒れる。
「めめめメアッツ!!み、水魔法!水魔法をッ!!」
「あ、ごめん。私使えない」
「何ぃィッ!?」
メアの言葉を聞いた瞬間、カゲヌイがこの世のものとは思えないような絶望の表情を浮かべる。
「水汲んでくるね」
「急いでくれッ!!」
メアは近くにあった桶を使って水を汲んできて、そのままカゲヌイに足にかけて冷やす。
「はぁー……死ぬかと思ったぞ……」
「スルト、どうしてこんなに暑くしてるの?」
いたって冷戦沈着の表情を崩さないメアが意図を聞いてくる。
「俺の炎魔法で温泉をマグマのごとく沸騰させているのだ」
「なんでそんなことするんだよ!!そのせいで右足やけどしただろうが!!」
怒り心頭なカゲヌイが怒鳴ってくる。
「ふっ、この程度の温度に耐え切れぬとはまだまだだな」
「身体強化魔法かけてごまかしてるだけのくせに……」
「貴様は業火に耐えられるだけの身体強化魔法も使えないのか?意気地なしめ」
それを聞いた瞬間、カゲヌイの顔がむっとした表情に変わる。
「言ったな……!じゃあ、私と勝負して、もし私が勝ったら今晩飯は倍買ってもらうぞ」
「いいだろう。まぁ俺が負けることなど万一にもありえぬがな」
カゲヌイが全身を身体強化魔法で覆うとゆっくりと湯船につかり始めた。
「ぐっ……ふん、案外大したことないな」
そうは言いながらもカゲヌイは顔がすっかり真っ赤になっている。
「早めに負けを認めることを勧めるが」
「うるさいな……!これならっ……!」
《雷纏》
カゲヌイはあろうことか雷魔法を発動し、温泉に対して電撃を放った。
「ぬっ——」
身体強化魔法を使っていたとしても、電撃はある程度貫通してくるものだ。
こいつ、なかなかやるな。
「どうだ……っ!」
カゲヌイが熱さに必死に耐えながらこちらの様子を窺ってくる。
「ふっ、この程度の電気などむしろマッサージにちょうどいいくらいだ」
「やせ我慢を……!」
俺は炎魔法を温泉にぶつけマグマのように煮えたぎらせ、カゲヌイは温泉に雷魔法をぶつけ稲妻が落ちた海のごとく電撃を広げ続ける。
これは長期戦になりそうだ。
一方メアはというと、遠くにある小さめの温泉にゆっくり浸かっていた。
「ふぅ……二人とも、頑張ってねぇ……」
心底気持ちよさそうな顔をしている。
どこまでもマイペースなやつだ。
こちとら一世一代の大勝負を繰り広げているというのに。
「うぅ……」
ボフン
やがて限界がきたカゲヌイが、口から大きな煙を噴出し、全身が焼きあがったパンみたいな色に変化して動かなくなった。
身体強化魔法が解ける前にカゲヌイを肩に担ぎあげて温泉の外へと出た。
「くっくっく、俺の勝ちだな」
「ぼへぇ………」
時を同じくしてメアも温泉から上がったようだった。
「あ、スルト。勝負は終わった?」
「あぁ。俺の勝ちだ。面倒くさいからこいつのことは頼んだぞ」
「分かった」
カゲヌイの身柄をメアに引き渡すと、メアはカゲヌイを室内に運んでいった。
****
スルトたちが温泉を出た後。
同じく部屋に泊まっていた男性客二人が温泉の目の前で立ち往生していた。
「……なんだこれ」
「魔王温泉とは聞いてたが……マグマみたいに煮えたぎってないか?」
「それどころか、バチバチと雷みたいな音が聞こえるんだが……」
「これ入ったら普通に死ぬだろ」
「何考えてんだあの宿屋の娘は……」
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