42話 メアとカゲヌイの修行の成果
ギルドの話によればこの迷いの森というのは、森の奥底に行こうとしてもいつの間にか元の場所に戻っていることが多いらしい。
原因は十中八九この森の奥底にいる魔物のせいだろう。
微かだがこの距離からでも魔力を感じ取れる。
迷いの森。ゲームでことごとく遭遇してきた。
俺にとってこの程度を突破することは造作もないことだ。
俺は迷うことなく歩を進ませる。
「なぁ、こっちって来た道じゃないか?」
「いや、これでいいはずだ」
迷いの森というのは必ず答えの道となる手がかりがあるものなのだ。
道標となる光るキノコがあったり、木に目印がしてあったりな。
魔王たる俺にこの程度のギミック、楽勝すぎる。
何より、最奥から感じる隠しようのない膨大な魔力。
そこへ向けて進めばいいだけだ。
そうして俺たちは最奥らしき場所までたどりつく。
やがてあたりを覆っていたはずの霧が晴れていき、目の前には異様な光景が広がっていた。
「あら、また新しいお客さん?」
そこには切り株でできた長細い机が置かれており、その周りには椅子が置かれている。
しかし、それはただの椅子ではなく、人間の骨でできた屍の椅子だ。
そして一番向こう側の椅子の上に座っている妖艶な女性。
悪魔のような手前に歪曲した角を生やし、桃色の髪でポニーテールをしている。
服装は黒と赤のゴスロリのような服を着ている。
淫魔といえば露出の多い服装のイメージが強かったんだが、そうじゃないんだな。
しかしこの膨大な魔力、隠しようのない雰囲気、間違いない、奴がSランク魔物の淫魔だ。
その淫魔の姿を見たカゲヌイが俺の裾を掴んでくる。
「す、スルト……あいつは、まずい。あいつは、いくらお前でも……!」
カゲヌイが震えている。こいつがこんなに恐れるとは。
カゲヌイは奴のことを知っているのか?
「そんなところで突っ立ってないで、座ったらどう?」
淫魔はそう言って向かい側の椅子を勧める。
「どうしたの?まさか、私のお茶も飲む度胸もない腰抜けなのかしら?」
淫魔が挑発してきた瞬間、咄嗟にメアが前にでて目にも止まらぬ速さで飛び出す。
「め、メア!やめろ!」
カゲヌイが静止するがメアは止まらずそのまま淫魔の体を斬り裂く。
しかし、当たったはずの攻撃はなぜか空をきる。
斬られた淫魔の体は霧のようにかき消えてしまう。
「どうしたのかしら?私を斬れたと思った?」
淫魔はいつの間にか隣の椅子の上に移動している。
「ま、幻……?」
メアがうろたえている。
カゲヌイは怖がってるみたいだし、ここは俺がどうにかするしかないな。
「よせ。 全く、血の気が多くてかなわぬ。彼女は俺様を歓迎してくれているではないか。剣を収めよ」
俺は淫魔の向かい側に置かれている屍の椅子の上に座り込む。
そして机の上に置かれたグラスを手に取り口をつける。
……血の味がするな。
まぁ魔王趣向的にはなかなか悪くない。
今後は飲み物を飲むときに人間の血を要求するのもいいな。
——待てよ、健康に悪そうだな。人間って血を飲んでもそもそも大丈夫なんだろうか。
「ふぅん……」
(私の挑発にも顔色一つ変えない。それどころか平然と屍の上に座った。大抵の人間はこの状態に怒り狂って襲い掛かってくるというのに。おそらくこの空間が私の作った幻ということにも気づいてるわね)
「私はリリーシュ。貴方は?」
「俺はスルトだ。後ろにいるのは配下で側近のメアとカゲヌイだ」
一見ただの自己紹介に見えるが、そうではない。
お互いに警戒を全く崩すことはなく、相手の目線から指先のほんの僅かの変化も見逃さず、何か攻撃的な素振りでも見せようものならその前に攻撃をする。
そんな一触即発な雰囲気が俺と淫魔リリーシュの間に漂っていた。
「それで?私に何の用かしら?」
「俺たちは一応冒険者だ。この森の奥に住むという淫魔に会いに来た」
「そうなの。それじゃあ貴方たちは私を殺しに来たわけね」
「まさか。建前に決まっているだろう」
「へぇ?じゃあ本当の目的を聞かせてもらえるかしら」
俺は手に持っていたグラスを机の上に置き、足を組み、偉そうな感じの雰囲気を醸し出し、口を開いた。
「単刀直入に言おう。貴様、俺の配下になる気はないか?」
「——笑えない冗談ね」
常に張り付いた笑顔を見せていた淫魔リリーシュの表情が初めて変わった。
「まさかとは思うけど、この私を自身の女にしようとでも思ってるの?本気で?」
「女?何を勘違いしているか知らないが俺は女としてのお前になど興味はない。純粋に戦力として欲している」
「戦力?私を?あら、だとしたらとんだお門違いね。こんなか弱い女を仲間にして何を倒せるというのかしら」
「英雄ヒロ」
またしても淫魔リリーシュの表情が変わり、初めて笑顔が消えた。
「……奴を倒す?人間の貴方が?随分と面白い冗談ね。魔王にでもなったつもり?」
「つもりも何も、俺様は魔王だ」
「あは、あはははははは!頭おかしいんじゃないの、貴方」
「……スルトを笑うな」
メアが再び前に出て淫魔に斬りかかる。
しかしまたしても淫魔の体は霧のように掻き消える。
「おバカさんねぇ。そこに本当の私がいるわけないじゃないの」
淫魔はいつの間にかまた違う席に移動している。
「メア、下がっていろ」
「でも……」
「命令だ」
「……っ」
メアは場を食いしばりつつも剣を納め俺の右後ろまで下がった。
まぁ魔王たる俺のこと侮辱され怒るのも当然だろう。
だが今は交渉の時間だ。戦う時ではない。
すると今度は相手の方から口を開いた。
「理由が聞きたいわ。どうして英雄ヒロを倒そうっていうわけ」
「俺の目的のための障害だからだ」
俺がそう呟いた瞬間、彼女は目を見開く。
「……英雄を倒すことが目的じゃなくて、英雄を倒すことすら過程にすぎないっていうの?」
てっきり俺が英雄に対して恨みでもあって復讐でもしようとしていると思っていたようだな。
するとリリーシュが椅子から立ち上がり、右手に膨大な魔力を込め始め、明らかな臨戦態勢を取る。
「今の発言で分かった。貴方はこれ以上なく危険な存在」
「交渉決裂か」
あれ、おかしいな。魔物なんだから英雄を倒したがっていると思ったんだが。
なんで冒険者誘った時と同じ結果になるんだ?
「悪いけど、私の預かり知らぬところで貴方に変なことされると困るのよ」
まぁいきなり信用される方がおかしいか。
ここから先は、実力を示し黙らせる。
考えようによってはこれ以上ない魔王趣向に乗っ取ったやり方だ。
「ウルグ」
どこからか耳狩りと呼ばれていた狼の獣人が現れる。
既にリリーシュの意図を悟っているかのように彼の眼つきも闘争に駆られていた。
「貴方はそこの二人を相手してあげなさい。この前のような手加減はいらないわ」
「承知しました」
「スルト!あいつは、強いだけじゃ絶対に勝てない奴だ!あいつは幻惑を——」
カゲヌイが俺に対して警告をしようとしている途中で耳狩りウルグがカゲヌイに向けて攻撃を仕掛ける。
「ぐっ……!」
ギリギリのところで防御をするも、腕で攻撃を受けたことで腕の表面が凍らされてしまう。
メアが剣を抜き耳狩りに攻撃を仕掛け、カゲヌイが回復する時間を稼ぐ。
戦いが始まってしまったか。
しかし必要な情報を得ることはできた。
奴は幻惑を使う。
なるほど、この森が迷いの森と言われているのも奴の能力故ということか。
メアと耳狩りウルグが向かい合う。
「お前は一度俺に負けているだろう。今更俺に勝てると——」
メアはあろうことか剣をしまうと、カゲヌイのような素手の構えをとる。
「なんのマネだ?」
「どこまでやれるか試したいの」
耳狩りウルグの問いに対してメアはそう答える。
「この俺を練習台にでも使う気か?ずいぶん余裕があるな」
「余裕がないからこそ、こうするの」
「何がしたいのかは知らんが、舐めてるのならすぐ終わるぞ」
耳狩りウルグは両手の拳を氷で覆い、その状態のまま連撃を繰り出す。
拳を氷で覆ったことで攻撃に重みが生まれる。
更に魔力付与も重ね掛けしていることで一撃でもまともに当たれば致命傷を負いかねないほどの威力と化す。
メアは構えたまま自身の両手の拳に魔力付与を行い、耳狩りウルグの連撃をあろうことか拳で弾いた。
「!」
両腕に魔力強化を施しているとはいえ、魔力の練度でいえば相手の方が圧倒的に上。
ゆえに少しでもタイミングを間違えれば致命傷を負いかねない。
にもかかわらず、相手の連撃を寸分たがわず見切り、攻撃を弾き続けている。
「こ、この動きはっ……俺の……!?」
そう、これは以前耳狩りウルグがメアに対して繰り出した格闘術。
メアは耳狩りの格闘術を自身の左眼の魔眼である《
「くっ……!俺の格闘術を模倣しただと……!?」
耳狩りウルグは何度も連撃を繰り出すがことごとく攻撃を弾かれてしまう。
「氷獣格闘術」
動揺し、メアの首を搔き切ろうと繰り出した氷の手刀による攻撃をかわし、耳狩りウルグの胸元にカウンターの掌底を食らわせる。
この掌底も以前メアと耳狩りウルグが戦った時に相手が見せた攻撃だ。
「がはぁっ……!?」
初めてまともなダメージを負いつつも、咄嗟に距離を取り体制を立て直す。
「くっそ……」
次の瞬間、耳狩りウルグの足元に氷の魔力が集まっていく。
周囲に氷の領域を広げることで周囲に移動速度低下のデバフをかける術。あれを再び発動する気か。
《氷河りょうい——》
「やらせると思うか?」
「!?」
しかし魔法が発動する前に、カゲヌイが後ろに回り込み雷を纏わせた一撃を横腹に叩き込む。
「ぐっ……!」
雷属性による攻撃をまともに食らったことで体が痺れ耳狩りウルグの速度が鈍る。
その隙を見逃すわけもなくメアとカゲヌイは同時に攻め込み連撃を叩き込む。
「こいつ……前と戦法が違う……!?
この短期間で、成長したとでもいうのか……!?」
俺との鍛錬が効いたようだな。
付き合ってやった甲斐があったというものだ。
配下たちの戦いを観察していた俺は視線を戻した。
「配下同士の戦いはこちらが優勢のようだな」
「うちの配下を舐めないで欲しいわ」
リリーシュは余程自身の配下のことを信頼しているようだな。
さて、こちらも仕事を始めるとするか。
俺と淫魔リリーシュは向かい合うと、お互いに同じタイミングで体内から魔力を放出し威圧し合う。
雑魚ならこの魔力の波長だけで気絶することだろう。
「くっくっく」
久々に楽しめる戦いができると思い俺は不敵な笑みを浮かべ笑っていたのだった。
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