41話 朝起きる瞬間も魔王趣向は忘れるべからず

 次の日、朝日が宿屋の窓に差し込むと同時に俺は目を覚ます。


「刻一刻と近づく終末を待ち望むに相応しき朝よ」


 そう呟いたのだが聞いてくれる相手が見当たらない。

 既にメアとカゲヌイはベッドにいなかった。

 なにこれ、恥ずっ。


 ちなみに二人用ベッドの問題についてだが、俺とメアがベッドで寝て、カゲヌイは俺の影の中で寝るという方向で落ち着いた。

 毎晩ベッドを占領するのが誰かで争うのも面倒だったしな。


 外でなにやら、やぁ!とかとぉ!とか格闘の掛け声のようなものが聞こえたので俺は壁に立てかけてあるレーヴァテインを背中に刺すと部屋の扉を開くと外に出る。


 宿屋の近くの広場まで行くとメアとカゲヌイが拳で手合わせをしていた。

 カゲヌイが拳で戦うのは分かるが、どうしてメアがまで?


「貴様ら、何をしている」

「あ、スルト」


 俺が来たことに気がついたようでメアは戦いを中断する。


「あいつの対策だ」


 カゲヌイがそう話す。

 あいつ、とは耳狩りのことだろう。

 ふむ、先日耳狩りに対して苦戦したのを恥に感じているのだろう。

 魔王たる俺に尽くすために鍛錬に励むその気持ち、悪くないぞ。


「俺も鍛錬に付き合ってやろう」

「——え?」


 カゲヌイが呆けた声を出す。

 俺は両腕に魔力を込め、耳狩りがやってたような空手っぽい構えを取る。


「さぁ、これで条件は同じだろう?かかってこい」

「いや、お前、流石に本気出されたら練習にならな——」

「スルト、お願い」

「お、おい!」


 カゲヌイは迷っていたようだが普段俺と散々手合わせの練習をしているメアは覚悟を決めたようだった。


「行くぞ」

「く、くそ……腹をくくるしかないか……!」


 その後、朝食の前に一時間ほど練習して耳狩り対策をしたのだった。

 二人はすっかりへとへとになっていたが俺にとってはこの程度準備運動程度だ。

 

 この後の冒険者業務に支障が出るかと思ったが、そのぶん朝食をこれでもかと食っていたし体力的には問題ないだろう。

 財布には大分ダメージが行ったが配下が強くなるのであれば安いものだ。

 ——いや、前言撤回。全然安くない。もっと自重してほしい。


****


 冒険者ギルドに訪れた俺は気まぐれに冒険者ギルドの壁に貼られている討伐対象の魔物リストを眺めていた。


「……ん?」


 壁の端の方に貼られているボロボロの手配書が見えたので興味本位でそれを手に取る。

 紙は古ぼけており、随分前に貼られたと言うことが見て取れる。


「この魔物の手配書はなんだ?」


 受付嬢のところまで手配書を持っていく。


「それは、Sランクの魔物の討伐手配です。でも、ほとんど意味をなさないのでとりあえずで貼られているだけですが」

「どういうことだ?」

「森の奥底にいて、そこに立ち入った冒険者は容赦せず皆殺しにするんですが、ただそれだけで外に手を出して来ないんです。

なので事実上放置されてまして……」


 なるほど、それは興味深い。

 Sランクといえば、英雄か、トップクラスの冒険者が何十人も集まってようやく挑むことの許されるという魔物の最上級クラスだ。

 それだけの強さがありながら人間を積極的に襲うこともせず森の奥で佇んでいる。


 何かを待っているのか?

 仮に何かを待っていると仮定して何を待っている?


 ——そんなもの、一つしかない。

 俺のような真の魔王を待っているのだ。

 まぁ、ただ単に争いを好まず隠居しているだけという可能性もあるが。


 何より、迷いの森の奥深くに潜んでいる。

 耳狩りは迷いの森に消えていった。

 この二つの事柄が指し示すことは、ただ一つだ。


「メア、カゲヌイ。そのSランク魔物とやらに会いに行くぞ」

「ほ、本気か?」


 カゲヌイが発言を聞き驚いている。

 まぁ無理もない。昨日Aランクの敵と遭遇したからな。

 それより強いとされるSランクの魔物と戦うことに物怖じする気持ちは分からんでもない。


 人間を配下にできないのなら魔物を配下にするしかない。

それも可能なかぎり実力を持っている者が相応しい。

 そうでないと、聖女リカラを倒すことはできん。


「俺が野望を実現する過程で嘘などつく訳がなかろう」


 俺はさっそく情報を引き出しに受付嬢のところへ向かう。


「この魔物の情報はないのか?」

「ま、まさか……討伐に行くつもりですか!?Sランク魔物を!?

 絶対に許可できません!!

 いくら貴方たちに実力があるとはいえ、登録したばかりですし、というかそもそも、Sランク級魔物は事前に国への申請が……」

「狩りに行くなんて一言も言ってないぞ。

 ただ情報を聞いているだけだ」

「そ、そうですよね……良かった……」


 受付嬢は俺の言葉に安堵すると、手元に資料を取り出し、話し始める。


「その魔物は迷いの森の奥底にいると言われています。

 正体は淫魔。それも上級のです。

 並の実力では何もできずに淫魔の能力で生命力を奪われてしまうそうです」


 面白い。淫魔か。

 生命力を奪うという能力も興味深い。

 是非とも会ってみたくなった。


「行くぞ、お前たち」

「はーい」

「はいはい……どうせ何言っても聞かないんだろ」


 俺たちはそのSランク魔物と呼ばれる淫魔に出会い、配下にするべく迷いの森に向けて出発したのだった。


****


<???視点>


 魔物たちの住む森の奥深くにある迷いの森と呼ばれている場所。

 その場所は、中に入ってもいつの間にか入り口に戻されているという不思議な森だった。

 その理由は、奥地に住む淫魔の使用する幻惑魔法により、あらゆる場所が幻惑で包まれていることで、迷いの森が出来上がっていたのだ。


『例の冒険者が、この森に入ってきたみたいね』


 迷いの森の奥地にいる淫魔リリーシュは手元に置かれている水晶玉を覗き込む。

 そこにはスルトたちが映っていた。


『いいわ、中に入れてあげなさい』

『しかし……!』


 淫魔リリーシュの命を聞き、配下である耳狩りと呼ばれている獣人ウルグはためらう。


『最近退屈してたのよ。冒険者ギルドの連中も私をイラつかせるばかりで何も面白くないし』


『さて、その人間は果たして私を退屈から救ってくれるのかしら?』


 淫魔リリーシュは水晶玉を覗き込みながら不敵に笑っていたのだった。

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