34話 魔王たるもの笑って殺戮せよ

 魔の森まで来た俺たちは指定の場所まで向かっていた。

 渡された地図のある場所に赤い印が描かれている。

 そこにゴブリンがいるらしい。

 一定数討伐するのが今回の目的だ。


「……なぁ、本当にゴブリンを倒すのか?」

 

 カゲヌイが不満げに聞いてくる。

 カゲヌイとしては、かつての仲間の同族を殺すことに抵抗があるのだろう。

 当然と言えば当然だが。


 魔王趣向的には魔物だろうが人間だろうが必要ならいくらでも殺すつもりだ。

 しかしそれによってカゲヌイの忠誠心が弱まり裏切られたり離反されてたりしても困る。

 まぁ裏切りを力で押さえつけるというのも魔王らしいといえばらしいのだが。


 なんなら偽装のためにゴブリンの偽物の耳を作るというのも手だがバレた時がめんどうくさい。

 というかそのくらいの対策してそうだしな。

 どうしたものか。


「ここがゴブリンの生息地か」


 そうこうしている間に目的地についてしまった。

 しかしその現場にゴブリンの姿はない。


「おい、待て……この臭い……」


 カゲヌイが直前で立ち止まり表情を曇らせ鼻を抑える。


 俺も感じる。血なまぐさい臭いがする。

 人間の血の臭いじゃない。

 これは、魔物の血の臭いか?


 血の臭いのする場所を見てみるとゴブリンの死体がいくつも転がっていた。

既に殺されている?


 ゴブリンの死体を確認するが耳は取られていない。

 

 他の魔物にやられたのか?

 だが傷は剣で斬られたものだ。

 となるとこのゴブリンを倒した奴らは殺したにもかからわず証を取らずに行ったことになる。

 上位ランクの冒険者でゴブリン程度の報酬いらないと思って放置したのだろうか。

 どのみち好都合だ。


「まぁいい。楽なら楽な方が良い。このまま採取するか」

「いいのか?卑怯だろ」


 カゲヌイがそう尋ねてくる。

 というかそもそもこんな欠陥な冒険者試験の構造を作った冒険者ギルドが悪い。


 そう思ってゴブリンの耳を切り取ろうとした時、どこから弓矢が飛んできた。

 俺の頭に命中するはずだったその矢を直前でメアが剣を抜き防いだ。


「誰!?」


 俺の命を狙ってきた者がいたことでメアの表情が怒りに満ちる。

 茂みの方から何者かが歩いてくる音がする。


 茂みの中から出てきたのはさっき冒険者ギルドで絡んできてカゲヌイにボコボコにされたチンピラのハゲとモヒカンだった。

 しかし、その二人だけではなくなぜか後ろに怪しげな服を身に着けた連中を引き連れている。


「そいつらがあんたらが追ってる奴らだ」


 チンピラのハゲが怪しげな連中にそう言う。


「嘘じゃないだろうな」

「さぁな。確証はねぇっつったろ」


 あいつらはなんだ?

 そういえば魔法学園で戦った時に先生たちがしてた恰好に似てるような気がする。

 流行ってるのか? あの服装。


(くっくっく、適当に「お前らの探している奴らを見つけた」って言ったらこれだけの戦力寄こしてくれるんだからロキシス教団様様だぜ)


 チンピラのハゲは何やら不敵に笑っている。


 なんだあいつら。

 逆恨みして用心棒でも雇ったのか?

 なんて器の小さい奴らだ。

 一応目的を聞いておくか。


「貴様ら、一体何の用だ」

「分かんねぇのか?死ぬんだよ、てめぇらは」


 俺が目的を聞くが、チンピラのハゲは心底愉快そうに笑いながらそんなことを言ってくる。


「ほう、どうしてだ?」

「新人のくせに調子乗るからだ。今すぐ土下座するなら許してやるかもしれないぜ?」


 土下座って概念この世界にあるのか。

 俺はチンピラの挑発よりもそっちの方に驚いていた。

 だが、まさかこいつは用心棒を雇った程度で俺に敵うとでも思っているとは。

 ここは挑発してやるか。


「質問の意味を理解できていないようだな。これだから貴様らは低能なのだ」

「何?」

「俺が聞いているのは、俺を殺せると思い込めるその脳みそがどうなっているのかって聞いているんだがな」

「てめぇ……まだ立場を理解してねぇようだな……!」


 俺が煽ってやるとチンピラのハゲが右手を上げ合図し、どこからか地響きが聞こえた。

 そして木々をなぎ倒しながら魔物が現れた。


「ブギィィイ!!」


 なんだあれ、豚のような醜い顔を持ち、巨大な木のこん棒を持った怪物たち。

 見たことあるぞ、あれは確か……


「……オーク」


 カゲヌイが答えを口に出す。


「それだけじゃないぜ? こっちにはハイオークもいる」


 オークよりも一回り大きな個体がいる。あれがハイオークか。

 魔物を操るとは。どうやってそんな技術を?


「魔物を人間が操るなんて……!!」


 カゲヌイが歯を食いしばって怒りを露わにしている。


「冒険者登録しようとした新人が偶然にもオークの群れに遭遇して死んでいた……そう報告しておいてやるよ」


「自分の行いを後悔しながら死んでくんだな!」


 チンピラのハゲが合図すると、暴走したハイオークがこちらに向けて突っ込んでくる。

 それだけでなく、後ろにいたオークたちもハイオークの後ろに続きこちらに向けて走ってくる。


 男たちは笑いながら勝ちを確信している。

 ——少々不快だな。

 魔王趣向的には弱者を見下すことは許されても弱者に見下されることなど到底許されない。

 立場を分からせてやる必要がありそうだ。


 メアとカゲヌイが横で臨戦態勢となっているのを俺は手を横に伸ばし止める。


「貴様らは手を出すな。 俺一人で十分だ」


 俺はレーヴァテインを引き抜き両手で持ち構える。


「何しようったって無駄なんだよ!てめぇらみたいな雑魚にはな!」


 チンピラのハゲが未だに俺たちを雑魚呼ばわりしている。


「そんな雑魚相手に勝てなかったのならお前は虫か何かじゃないのか?」

「な、なんだと……!」


 レーヴァテインの能力を発動するまでもない。

 俺の力と、レーヴァテインの切れ味だけで十分だ。


「行くぞ」


 俺は振りかぶったレーヴァテインを大きく横に薙ぎ払った。

 その結果、襲ってきたオークの軍団をまとめて真っ二つになる。

 あたりには上半身と下半身が綺麗に二つに分かれたオークの死体が転がる。


「は……?」


 チンピラのハゲはその光景を見て口を開けてポカンとしている。


「な、上位冒険者でさえも苦戦するハイオークを一撃で……!?」


 黒づくめの集団はその惨状を見て驚愕している。


「だ、だがまだ魔物はいる!この程度で勝った気になってんじゃねぇぞ!」


 チンピラのハゲがまた合図を出す。

 よくよく見るとあの合図を出すときに右手にはめている指輪が魔力を発しているのが分かる。あれが魔物を操るためのツールか?


 考察しているとオークの群れがさきほどの倍違い数現れる。

 まだ実力の差に気づかんとは。愚かな。

 もう面倒くさくなってきた。


「メア、カゲヌイ」


 俺が二人に声をかけた瞬間、二人は再び臨戦態勢を取る。


「殺れ」


 俺が命令を下すと返事もせずに二人は飛び出した。

 相当我慢していたのだろう。


 メアはオークの体を剣で斬り裂き、カゲヌイは拳で殴り飛ばす。

 どんどんオークが押し寄せてくるが全く押し負けていない。

流石は俺の配下たちだ。

 しかし魔王趣向的にはもう一つしておきたいことがある。


「メア、右眼を使え」

「え?でも……」

「構わん」

「分かった」


 メアは自身の右眼に手を当て魔力を込め、魔眼を発動した。

 その瞬間、メアの右眼が赤く光り輝くと同時にメアの速度が倍加する。


「カゲヌイ、雷属性を使え」

「こんな雑魚どもに必要か?」

「たまに使わんとなまるだろう」

「……分かった」


《雷纏》


 カゲヌイは全身に雷を纏うとその速度でオークの集団を次々と殴り飛ばしていく。


 メアは笑いながらオークを切り刻んでいる。

 カゲヌイもつられて楽しくなってきたのか少しずつ笑い始めている。


 そうだ、悪とは悪を心底楽しみながらやるべきなのだ。

 俺も仕事するか。


「ひ、怯むな! 奴らの意識がオークに向いている隙に魔法を――」


 なにやら魔法がどうとか話していた黒ずくめの男を、魔法を発動する前に首を撥ねた。


「なっ……!く、くそがぁ!」


 やけくそになったのか残りの黒ずくめの男とモヒカンの男が斬りかかってくる。

 諦めて素直に降参でもしてくれれば苦しまずに殺してやるものを。


《炎龍》


 俺は魔法を唱え両手から炎の体を持った竜を出現させ、炎龍に宙を泳がせ斬りかかってきた奴らを全員燃やし尽くした。


「ぎゃああああぁ!?」

「あがぁあああ!?」


 人間もほぼ全員殺した。

 一匹だけオークの生き残りが見える。

 俺はオークに向かって跳ぶと、レーヴァテインを頭の上に構え真っ二つに斬り裂いた。


 オークも全部殺したし、あとは一人だけか。

 この俺の実力に恐れをなしすっかりその場にへたりこんでいるチンピラのハゲに目を向ける。


「な、なんでそんなに笑ってんだよてめぇら……」


 おっと、知らぬ間に俺も笑ってしまっていたか。


「何を言っている? 人殺しは楽しいものだろう?」


 オークの死体の山の上に立ち愚民を見下ろす。

悪魔のような形相でほほ笑む者が三人。

 強さ、邪悪、全てを兼ね備えた真の悪。

 これこそ魔王とその側近。


「矮小の悪しか持たぬ貴様に教えてやろう。真の悪とは、こういうものだ」


「や、やめろ……!」


《炎絶》


 俺は宙に浮かせた炎の竜をチンピラに突撃させそのまま爆散させた。


「ぎゃあああぁああ!?」


 チンピラの体は瞬く間に消し炭となった。


 終わったか。

 逆恨みで襲ってきて殺されるとは可哀そうな奴らだ。

 しかし魔王に不敬を働くような愚か者どもを許すわけにはいかん。

 久々に魔王らしいことができて満足だ。


「まさかオークやハイオークまで連れてくるとはな。どんな手段を使ったのかは知らないが」


 だが運がいいともいえる。

 オークたちの耳も取っていけば、面白いことになるだろう。


「ここらの耳を全部切り取って集めろ」


 俺はメアとカゲヌイに命令を与える。


「全部か?」


 カゲヌイが聞き返してくる。


「当たり前だろう。全部だ」

「分かった」

 

 カゲヌイは粛々と魔物の耳を集め始めた。

 冒険者登録試験でゴブリンだけでなく、オークやハイオークの討伐の証まで取ってきたとなれば冒険者ギルドの連中は驚愕するだろう。

 メアとカゲヌイが集めてきた魔物の耳が入った袋を受け取ると俺は意気揚々としながら冒険者ギルドに向かっていった。

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