おまけ その2 カゲヌイ学園退屈日記

<カゲヌイ視点>


 スルトについてきて魔法学園に来てからというものの、退屈で仕方がない。

 一応影越しに人間の町を覗いているが、特に興味をそそられるものはない。


 ――まぁ、しばらくずっと森の中にいたから町の景色は少しは新鮮だったが。

 これで人間が一人もいなければ最高だったんだけどな。


 しかし人間社会で唯一褒められること。

 それは飯が旨いということだ。

 最近はロクな飯にもありつけなかったし、私は隙を見てあちこちで食料を奪い取っている。学園生ごときでは私の速度を見切れるわけもない。


 主にスルトの同居人のデブの食べ物を奪い取るのが一番やりやすいのでしばらくはそうやってしのいでいる。

 しかも結構旨いものが多い。人間もたまには役に立つ。


 いつものようにスルトの寝床で猫の状態で待っていた時。

 スルトが部屋に戻ってくると先端に綿のようなものがついた謎の棒を取り出してきた。


「スルト、なんだそれは」

「猫じゃらしというものだ。お前も退屈しているだろうと思ってな」

「馬鹿か、私がそんなものにつられるとでも……」


 ひょい


「!」


 スルトが猫じゃらしとかいうものを私の目の前で動かす。

 それには不思議な魅力がありどうしても視線で追ってしまう。


「どうやら獣人にも効くみたいだな」

「そ、そんなものに私が屈するとでも……」


ひょい


「!」


 くそっ、どうしても目が離せない。なんなんだこれは。

 何か特殊な魔法でも使っているというのか。

 獣人の視線をくぎ付けにする魔法とは一体――


「よし、これを使って一つゲームをしよう。これに触れることができたらめっちゃ良い飯をやる」

「ほ、本当か!?」


 めっちゃ旨い飯。

 スルトのその言葉には聞き逃せない謎の魔力がある。


「あ、ちなみに部屋は壊すなよ。傷つけるのもだめだ。その時点で失格だからな」

「注文が多いな……」


 なかなか難易度が高い。

 こいつ、さては飯を使って私のことを鍛えようとでも思っているんじゃないだろうな。


「それで、やるのか、やらないのか」

「……やる」

「いいだろう」


 私とスルトはお互い向かい合い、視線を交わしあう。

 まず最初に私が猫じゃらしに向けて飛び出す。それと同時にスルトは横方向に飛んで私の攻撃を躱した。

 すかさず地面を蹴り後を追うが、部屋の壁や天井を蹴りながらうまく部屋中を逃げ回られ全く追いつくことができない。


「どうした?お前の速度はその程度か?」


 馬鹿にするな。

 猫の状態だとうまく力を出せないだけだ。

 だが、獣人の状態だとそれはそれで部屋を傷つけてしまうから仕方ない。


 今度は縦横ジクザクに動き回り、移動先を悟られないようにかく乱する。


「むっ……」

「今だっ!」


 スルトの視線がそれた瞬間を狙い、ねこじゃらしに向かって飛びつく。

 しかし、ねこじゃらしの先端に触れる直前、スルトに掴まれ地面に叩き落される。


バシン!


「ニャッ"ッ"!?」


「甘いな。その程度、気配だけで見切れる」

「ぐっ……」


 なんとかしてスルトの手の中から抜け出し、再び向かうあう。


 攪乱は通じない。それなら、速度と作戦で乗り切るしかない。

 

 私は地面に穴が空かない程度に加減した上で出せる最大限の速度を出し、前方に飛び出した。


「ふっ、学習能力がないな」


 一番最初の方法と同じだと思い込み、スルトは油断している。

 だが、ここから先は違う。


《雷脚》


 私は両足に雷の力を籠め空中で加速した。

 そしてスルトの持つ猫じゃらし目掛けて一直線に飛ぶ。


「なにっ!」


 流石のスルトも意表を突かれたようだ。


「だが、その程度じゃ届かんぞ」


 スルトの言う通り、肝心の猫じゃらしまで数歩届かない。

 このままでは避けられる。

 ――だが、奥の手は取っておくものだ。


《雷針》


 私は手の先から雷の針を飛ばし、猫じゃらしの棒の部分を焼き切り、先端の綿毛を地面に落とす。


「な、なんだと!?」


 その隙を使い私は綿毛に触れた。

 ――私の勝ちだ。


「ふっ、なかなかやるじゃないか」


 スルトはそういって私の頭をなでてくる。


「ニャッ!?」


 くそっ、猫扱いして。


 先代の魔王様は完全に怪物と化す前までは誰に対しても優しかった。

 スルトは先代魔王様と違って、全く優しくないがこいつに撫でられるとどうしてもその時のことを思い出してしまう。


 ――別にこいつに褒められても嬉しくなんかない。

 そのはずだ。

 そのはずなんだが――


「なんだ、撫でられて嬉しいのか。尻尾をそんなに振って」

「!? こ、これは……違う!」


 くそっ、獣人としての本能なんだ。

 自身が敗北して、主人となった相手には自動的に尻尾を振ってしまうんだ。

 私は別にこいつのことが好きとか気に入ったとかじゃないんだ。

 獣人としての本能がそうさせてくるだけであって――


「……私はお前にとってただの配下だろ。どうしてこんなことをするんだ」

「お前にはずっと俺の影の中で窮屈な思いをさせているからな。その詫びとでも思うが良い」

「…………」


 スルトは普段横暴なくせにたまにこういうところがある。

 まぁ、別にこいつのことを認めたわけじゃないが、こういうところは評価してやってもいいかもしれない。


 先代魔王様は誰に対しても優しかった。

 こいつは正直かなりのクズだが、あのメアとかいう人間とか自分に尽くす人間に対しては比較的優しい。私に対してもそうだ。

 そういう意味ではそこそこいい奴と言えるのかもしれない。

 そんなことを考えながらスルトからもらったご飯を平らげる。


 色んな魚をごちゃまぜにしたものを米にかけ、汁をかけた謎の料理だ。

 スルト曰く、オリジナルのねこまんまだとか言っていた。

 残飯みたいな見た目だが味はかなり良い。

 悔しいがこいつの作る独特な料理は正直魅力的なものが多い。


「――よし、飯を食ったからには働いてもらうぞ。学園長の弱みを何か握ってこい。実はズラだったとかそういうのでいいから」

「…………」


 ——前言撤回だ。

 こいつはやっぱりろくな奴じゃない。

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