30話 魔剣の代償
スルトが魔剣レーヴァテインの力を開放する少し前。
学園の広場の方では学園生や先生たちが集まり必死に避難誘導をしていた。
「これで全員ですよね!?」
「はい!校舎に残ってる人はもういないはずです!」
「でもスルト君、メアさんとエイルさんは……それに先生たちやおかしくなった生徒たちは……」
「スルト君たちは分かりませんが……少なくとも、校舎にいた生徒たちで気絶していた子たちはなんとか連れてきました」
「気絶?どうしてですか?」
「後者にいた様子がおかしくなった生徒たちは突然現れた謎の獣人が全員気絶させてくれたんです」
「じゅ、獣人が?一体その人は何者なんでしょうか……
それに、校舎以外のほかの場所にいた皆は無事でしょうか……」
****
そして地下室の広場。
瓦礫の下敷きになり物言わぬ屍と化した刺青の男ヴェルナー。
しかしその横にある魔剣ブラッディア。それには重大な秘密があった。
なぜ組織がそれを彼に持たせていたか。
彼は組織の中でも命令違反の常習犯の問題児。
よって彼が任務に使われるのは隠密行動の時ではなく破壊が必要な任務。
そして彼に持たされた魔剣ブラッディアは彼が死んだ時の保険。
魔剣ブラッディアは一度抜くと一定以上の血を吸うまで手から離れなくなる。
抜いた状態で時間が経ちすぎるとやがて使用者ともども暴走する。そして暴走の時間が更に過ぎると剣そのものが魔物と化しあたりの人間から血を吸いつくすまで止まらなくなる。
――そして、これは使用者が死んでからも変わらない。
剣を抜きあまりにも時間が経ちすぎたブラッディアはヴェルナーの死体から血を吸いつくすと植物の根のように体を伸ばし、近くにいたアミル、カイン、ミゲイリといった組織の幹部たちの死体から血と魔力を吸いつくす。
それらの死体に残った魔力量はブラッディアを覚醒させるのに十分すぎるほどだった。
学校中に凄まじい轟音と地響きが鳴り響く。
「な、なんだ!?」
「グレン君!危ないですよ!」
「アマンダ先生、あれ!」
生徒が指さした場所では深紅の根や触手を背中に生やした竜の怪物が校舎の真ん中から這い出ているのが見えた。深紅の竜が叫ぶ咆哮はさながら終末を告げる喇叭のように学園中に響き渡る。
「なんなんだよ……学園が爆発したかと思ったら……あんなのまで……」
「先生もう無理……動けない……」
「み、皆!あきらめちゃだめです!きっと助けが来ます!」
学園生たちに絶望の表情が見え始め、もう終わりだと思ったその時。
どこからか光と闇を同時に孕んだ巨大な弾丸のようなものが校舎……いや、深紅の竜に向かって飛んでいく。
「――え?」
「な、なにあれ……」
それは校舎ごと深紅の竜の胴体を貫き、轟音と共に爆散し深紅の竜は跡形もなく崩れ落ちていった。
「な、なに今の……」
「わ、分からないけど……助かったの?」
「き、きっと英雄様が来てくれたのよ!」
学園の広場では生徒達が喜びの声をあげる。
****
<エイル視点>
私はなんとか体を動かし正門前の広場に向かう。
もしかしたらスルトがここまで来ているかもしれないと思ったが姿はどこにも見えない。
たどり着くと学園生たちが避難していた。
するとアマンダ先生が私の姿を見つけ駆け寄ってくる。
「エイルさん!無事でしたか!け、怪我してますよ!?回復魔法を……」
「あ……は、はい」
アマンダ先生は私の怪我に回復魔法をかけてくれた。
そのおかげで大分体が楽になった。
先生たちのほとんどは敵の配下と言っていたが、アマンダ先生は学園長の配下というわけじゃないのだろうか?
私を油断させるために……?
――いや、その様子はなさそうだ。全員とは言ってなかったしおそらくアマンダ先生は関係がないのだろう。
広場を見渡してみるとあちこちに怪我をした学園生や倒れた学園生たちがいるのが見える。
あれだけの爆発と異変があったのだから怪我人がこれだけ出るのは仕方ない。
しかし学園生たちの顔は恐怖の表情ばかりではなくなぜか喜びの表情が見られた。
「さっき校舎の中から真っ赤な竜が出てきてたの!でもどこからか魔法が飛んできて赤い竜が倒されたの!」
「……え?」
それはスルトの放った魔法。
スルトは、校舎を破壊したのではなくその竜を倒すためにあの魔法を……?
そうか、あの場所からは竜が出てきたことを視認できなかったのか。
彼は気配だけであれの位置を正確に――
「あれは一体誰が放った魔法なんだろう……いまいる英雄たちにあんな技を持っている人はいないはずだけど……」
生徒たちが魔法を放った人間が誰かについて考察している。
これで終わりか。そう思った。
――しかし、まだ事件は収束とはならなかった。
「い、いつの間にかおかしくなった生徒たちが広場まで集まってる!」
校舎以外の場所で正気を失っていた学園生たちが学園の広場まで集合しつつあった。
<スルト視点>
俺たちは学園の広場を時計塔の上から見下ろしていた。
クックック、メインディッシュだ。
あちこちに剣を持って戦おうとする学園生たちが見える。
「お前たちはここで待っていろ」
「うん」
『あぁ』
「レーヴァテインよ、俺は今からあそこにいる学園生たちを皆殺しにする。
大虐殺の魔王となる我が崇高なる野望のために力を貸せ」
レーヴァテインは俺に応えるように赤黒く輝いた。そして刃が光り輝き始める。
多少体に疲労は残るがその疲れを忘れ去れるくらいな心の疼きを感じた俺は時計塔から飛び降り学園の広場の真ん中に飛び降りた。
そして広場の近くにいた剣をもった学園生の胴体を真っ二つに切り裂く。
――しかし、学園生を真っ二つに斬ったにもかかわらず体が切れていない。しかし血は噴き出している。一体どういうことだ?
おそらくだがレーヴァテインが俺の力に応えて特殊な能力を発動したのだろう。
斬らずに相手を殺す技とは。レーヴァテインの力は俺にも計り知れないな。
まぁいい。このまま全員切り刻んで殺す。
遠くにエイルの姿が見える。
俺の姿と行動に唖然としている。
「……スルト?」
俺は学園生たちが襲い掛かってくる刹那の時間。
俺に裏切られたことに気づいているかどうかは知らないが、エイルがもしその上で俺と同じ悪の道に落ちる気があるのなら言っておくべき言葉がある。
「エイル、ここでお別れだ」
「え……?」
「だが、俺の元で俺に染まり地獄の道を歩む覚悟があるのなら追いついてくるがいい」
俺はそれだけエイルに言い残すと向かってくる学生たちを次から次へと斬る。
斬って、斬って斬って斬って斬って斬って。
まだまだ。まだ終わらない。まだ斬る。
腹、首、腕、足。視界に入る全ての肉という肉を切り刻む。
学園生を切り刻んでいるうちに俺の足元には血を噴き出して倒れた屍の山ができあがっていた。
俺は屍の山の上に立ち、広場に集まっていてまだ無事でいる学園生たちを見下ろす。
――さぁ、恐れよ愚民ども。真の魔王がこの世に降臨したのだ。
人を人とも思わず殺すことに何も躊躇を持たずまるで羽虫のように踏みつぶす。
極悪非道、残虐醜悪、姿を目にしただけで、名を耳にしただけで人々は恐れ慄く。
そのはずだ。
――そのはずなんだが……
「え、英雄様……!」
「英雄だ、真の英雄だ!」
――え?
いつの間にか俺の周りに集まっていた学園生たちが俺のいる場所を見上げて英雄という声を上げている。
おかしいな、どういうことだ?
こいつらは何を言っている?英雄?
まさか――
「どこだ、どこにいる!?」
馬鹿な、早すぎる。いつの間にこの学園まで英雄が?
一体どこにいるというんだ。
どこにも姿は見えない。
だが考えようによっては今この場で英雄を消せるとも言え――
ドクン
「うぐっ!?」
俺は突然体に不調を感じた。
くそっ、力を使いすぎたか。今はまだ英雄と戦える状態にはないということか。
俺は皆殺しを諦め学園の広場から立ち去った。
「あ!お待ちになってください!」
その場に残された学園生たちは立ち去る後ろを姿を眺めることしかできなかった。
「一体今のは誰だったんだ……?」
「でも、どこかで見たことがある顔だったような」
「ね、ねぇ!見て!」
学園生の一人が山積みになった屍の山を指さす。
レーヴァテインに斬られたことにより、獣のような恐ろしい形相になっていたはずの学園生たちの表情が穏やかな顔つきに戻っており、それどころか一人も死んではいなかった。
「正気を失った学園生たちが正気を取り戻してる!」
「な、なんだって!?」
「まさかあの剣で斬られたことで……!?」
****
魔剣の力を使いすぎた反動か、体に不調を感じたため俺は学園の外まで移動していた。
そしてメアとカゲヌイは俺のあとを追いかけてきた。
「スルト、大丈夫?」
『情けない奴だ』
メアは俺のことを心配してくれるがカゲヌイは悪態をついてくる。
こいつ本当に俺の配下なんだよな?
「どうやら力を使いすぎたみたいだな。だが目的は達した」
『これからどうするんだ』
カゲヌイが俺の今後の方針を聞いてくる。
「隣町に向かう。これから俺たちは追われる身となる。敵の目を誤魔化しながら英雄を殺すための情報集めを行う」
「隣町……ドラフルク町?冒険者ギルドがあるっていう」
「あぁ。あそこには訳ありの冒険者も多くいると聞く。潜入するには向いている」
学園生を皆殺しにできなかったのは残念だが、結果としては悪くない。
教員たちは俺たちで潰したし、学園生の多くは俺が殺した。
あえて生き残りを残すことで俺の悪行をあちこちで吹聴し俺の魔王としての誕生を恐れることだろう。
「行くぞ」
「うん」
『フン』
今回学園を破壊した。学園生も沢山殺した。だがこんなものじゃ足りない。
今回俺は大量に人を殺した。その事実を噛み締め魔王となるために止まるわけにはいかない。
****
<エイル視点>
突然のことだった。
突如どこからともなく光った剣を持ったスルトが現れた。
そして正気を失った学園生たちを次から次へと光の剣を振ることで浄化していき、全ての生徒たちを正気に戻した。
生徒たちはその光景を見て唖然としている。
「今のは何者だったんだ?」
「――あれは、スルトだった」
信じてもらえないかと思ったがクラスの皆はスルトの名前を聞いて駆け寄ってきた。
「スルトが!?やっぱりあいつはできる奴なんだな!」
「流石魔法試験首席なだけあるわ!きっと超級魔法を使ったのね!」
「まだ学園生なのに超級魔法が使えるだって!?なんて奴なんだ……」
「きっと新たな英雄なんだわ、彼!」
周りではどんどんスルトを英雄視する声が増え続ける。
しかし、私も同じ気持ちだった。
私は彼が組織に言った言葉を思い出す。
『禁忌の魔導書は俺が持ってる』
「そうか――!」
彼の意図はそういうことだったのか。
私が魔法創造のスキルを手にしたことが知られてしまえば再び私は組織に狙われてしまう。だから彼は禁忌の魔導書の偽物をこれ見よがしに見せつけて「自分が持っている」と嘘をつき組織の意識を自分に逸らし、学園を去った。私を守るために。
彼は、一体どこまで予想していたのだろうか。
まさかとは思うが最初に私と会ったあの時から……?
あの時既に敵組織の存在を把握していて私を一目見て魔魂スキルの持ち主だと気づいた。
私が魔導書の実験台にされるのを止めるのは間に合わなかったがもしそうなった時のために魔力制御の方法を私に教えて魔導書を受け入れられるようにした。
彼は――まるで本当の英雄のようだ。
凄い、本当に凄い。私なんか比べ物にならないくらい先を読んでいて、自分を犠牲に私を助けてくれた、優しさと思いやりのある素晴らしい人だ。
彼こそ……彼こそ私が従うべき相手だったんだ。
ずっと、自分には価値が無いと思っていた。
その価値を私に作ってくれた。
『だが、俺の元で俺に染まり地獄の道を歩む覚悟があるのなら追いついてくるがいい』
「私も……彼のように……!」
私はきっと彼の背中を追いかける。
追いついて見せる。
この新たに手に入れた力を生かすためにも。
彼の足を引っ張るわけにはいかない。
彼は見せかけの平和をぶち壊し真の平和をもたらそうとする真の英雄なのだから。
◆魔剣レーヴァテイン
固有能力:背理の剣
装備者の望みとは真逆の能力を剣に付与する。
人々を守る望みなら人々を殺す剣となり、人々を殺すことが望みなら人々を救う力を付与する。
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