29話 全てを無に帰す魔王の闇の手

<エイル視点>


 なんとか動かない体を動かし、地下室の階段を登っていく。

 これだけの爆発が起きたのだから、学園はどうなっているか分からない。

 この地下室もいつ完全に崩れるかが分からない。

 貫かれた脇腹を抑えながら必死に階段を登る。

 無尽蔵の魔力のおかげで普通の魔法使いに比べると傷の治りが早い。


 私はこれからどうすれば。

 奴は学園には組織の手のものたちでいっぱいだと言っていた。

 すなわち学園長もグルなのは間違いない。

 もし捕まったら最後私は何かの用途に使われて殺されるだろう。

 学園長たちは今も私のことを必死で探しているはずだ。


 私が生き残るにはそのグルだという先生たちを全て退け、なんとかこの学園を脱出し逃げなければならない。

 しかし、既に私は満身創痍。

 果たしてできるだろうか。


 こういう時、スルトならどうしただろうか。

 というか、彼らは無事だろうか。

 一体今どこで何をしているのだろうか。


 そう思って学園から脱出しようと歩いていると、人影が見えた。

 何やら言い争っているような声が聞こえる。


「あれは……学園長と、スルト……!?」


 言い争っているのは、学園長とスルトのようだった。


****


<スルト視点>


 俺は魔導書のあった地下室を後にすると階段を上り地下室の入り口まで移動した。


 するとカゲヌイがボロボロのメアを肩に背負って現れた。


『なぜメアを背負ってる』

『お前が大事にしている人間だろ。持ってきたんだから感謝しろ』


 同時にカゲヌイはメアの体をこちらに投げつけてくる。

っておいおい、乱暴に投げつけるな。

 俺は慌ててメアの体を受け止める。


『そうだな、よくやった』

『フン』

『状況は?』

『襲ってきた奴らは殺した』

『いいだろう』


 カゲヌイの方は下した命令を忠実にこなしたようだな。

 メアに回復魔法をかけてやると少しずつ目を開く。


「スルト……?」

「目が覚めたか。状況から察するに奴を倒したようだな。流石は俺の配下だ」

「うん……」


 メアは嬉しそうに頬を赤らめる。

 まぁ俺はメアが勝つと信じて疑っていなかったがな。

 そもそも剣術の師範に負ける程度じゃ俺の配下に相応しくないしな。


 さてと、爆破も完了し、魔導書も奪い、学園の教師どもも倒した。

 あとはメインディッシュだ。

 俺は最後の目的を達成するために配下二人とともに歩きだした。


「ねぇスルト……」

「なんだ?」

「こっちの獣人の人は……?」

「……あー」


 そういえば説明してなかった。

 俺は歩きながらカゲヌイのことをメアに説明したのだった。


****


 学園の広場に向かっていくと、息をつく暇もなく、向こう側から誰かが歩いてくる。

 学園長だった。そして後ろには何人かの黒いフードを被った集団を引き連れている。地下室で先生たちがしてた恰好と同じだな。

 教員たちが殺されたことで増援でも呼んだのか?

 少なくとも学園の破壊者である俺を排除に来たのは間違いないだろう。


 ――俺と学園長が対峙した時、俺の後ろの方でエイルが隠れて俺と学園長の会話を見ていることに俺は気づいていなかった。


 学園長が先に口を開いた。


「スルトさん。貴方がエイルさんを隠していることは分かっています。大人しく差し出してもらえますか」

「なんのことだ?」

「とぼけないでいただきたい」


 俺がエイルを隠している?何を言ってるんだ?

 顎に手を当てて考えてみる。


 ――なるほど、そういうことか。

 おそらく俺がエイルを狙っていたことを知っていて俺が誘拐でもして身柄を確保しているとでも思い込んでいるのだろう。

 俺は禁忌の魔導書を手に入れるためにエイルを利用していただけだ。

 今更エイルを助けようというのか?落ちこぼれとか偉そうに言ってたくせに、とんだ偽善者だな。

 まぁ俺にとってはどうでもいいことだが。


「随分と学園内で好き放題してくれたようですね。貴方たちをここで捕まえてエイルさんも差し出してもらいますよ」

「果たしてそれができるだろうか?貴様ら自慢の教師群は俺たちが殺したと言うのに」

「……まさかあの四人が敗れるとは思ってもいませんでしたよ。しかし貴方がたは手負いです。この数には敵わないでしょう」


 くっくっく、学園の強者たちである先生がたを倒されてさぞかし悔しいことだろうな。

 

 その後ろではエイルがその話を聞いて驚愕する。


(四人が敗れるって……まさか、スルトがあの人たちを倒したの!?ということは、私が逃げるまえに天井が崩れたのはもしかしてスルトが……?

 私を助けに……?)


「学園があれだけの惨状になっているというのに、まだ何かするつもりか?」

「この学園の権威の象徴たるあの校舎さえ残っていれば、いくらでも立て直せるんですよ」


 随分と割り切っているな。

 俺がここまで学園を破壊したというのに意に介していないということか。


「大人しく従ってくれさえすれば命までは取りません」


 世迷言を。どうせ見逃す気もないくせに。

 減刑を約束するって言って実際に減刑してくれる奴とか俺はあまり見たことがない。犯人が要求に答えた瞬間射殺するパターンだ。


「それはできない相談だな。そんなことより学園長。そこまでして魔導書の力が欲しいのか?」

「……魔導書、やはり貴方は知っているようですね。どこでそのことを知ったかは知りませんが、やはり生かしておくわけにはいきませんね」

「質問に答えてもらおうか。なんのために貴様はそこまでする?」

「これも全ては学園のためです。強力なスキルはそれを持つにふさわしい人間こそ持つべきでしょう」


 どうしても俺から魔導書を取り戻したいようだな。


 そうだ、これだ、この感じだ。これこそ悪をしていることそのものだ。

 相手が大事していたものを奪い、守っていたものたちを殺した。

 そうなれば、最後にやるべきは――


「学園長、あんたも正論を言うタイプの人間か」

「世の中は正しいことでこそ回るのですよ」

「そんなに学園が大事か?」

「当然です。私の命に代えても」

「じゃあ壊してやる。お前の大事なものと正しいこと全て」


 俺はレーヴァテインを地面に刺し力を籠める。

 そして一つの指令を与える。

 丁度どこまで引き出せるのかを試したかったところだ。

 ――最後にやるのは、相手が命に代えても守りたかったものを破壊することだ。


「貴方、一体何をする気です」


 学園長が警戒しつつも様子を伺っている。

 だがもうどのみち遅い。準備はもう完了している。


《レーヴァテイン 魔剣開放 10%》


 レーヴァテインは赤黒い輝きを放ち、これまでと比較にならない衝撃波を放つ。学園町の後ろの戦闘員たちでさえ衝撃波に耐え切れず吹き飛ばされてしまっている。

 学園長は魔力による簡易的な防壁を展開し耐えきっており俺の後ろでメアとカゲヌイは姿勢を低くし耐えている。


「一体なにを――」

「言っただろう。お前にとっての正しいことを壊してやると」



 最初にこの魔法を試そうと思った時はただの興味本位だった。

 最強の魔法、魔王たる魔法を生み出すべく、俺は日々魔法の研究に明け暮れていた。

 その時思いついたんだ。

光魔法と闇属性魔法を組み合わせたらどうなるんだ?と。


 両手の指先にそれぞれ光魔法と闇魔法を発現し、魔力を込めたまま組み合わせた。


 ――その結果、両手が消し飛んだ。

 指先のマッチの火程度の大きさのものでもそれだけの威力だと言うことだった。


 ちなみに両手は頑張って回復魔法をかけ続けて何とか生やした。


 そのあと何度か試したがその爆発力に自身の両腕が耐えられない。

 身体強化しようが鋼鉄の籠手をつけようが結果は同じだった。

 何度両手を治すことになったことか。


 どうやら光魔法と闇魔法は一人の人物が同時に発動させることを前提に創られていないらしい。

 調べてみたが英雄と魔王との戦いで光魔法と闇魔法がぶつかった時も特にそういった大爆発があったという記録はない。

 すなわち、同じ人物、同じ魔力を持つ人間が同時に光魔法と闇魔法を発動しぶつけあうことで魔力が拒絶反応を起こし爆発してしまうようだ。

 一種の世界の混沌バグともいえる。


 しかしうまく操ることさえできれば最強最悪の魔法となることは間違いなかった。


 そしてある時、光魔法と闇魔法の組み合わせに失敗し森の広場が吹き飛んだ時、レーヴァテインが傷一つついていないことに気が付いた。

 レーヴァテインの頑丈さを利用し、レーヴァテインに魔法を撃たせることができればこの魔法は成功できる。


 更に長い時間をかけ、俺はついに見つけ出した。

 レーヴァテインに隠された力。

 そして光闇魔法を発動する方法を。


《魔剣同化》


 俺の両腕とレーヴァテインが光り輝き同化し、俺の両腕がレーヴァテインと同じ禍々しい見た目に変わる。

 まるで竜のごとき外観。まさしく世界を掌握するにふさわしい魔王の両腕。

 そう、レーヴァテインは使用者と同化することができる。

 これを使えば――


「左手に闇を、右手に光を」


 俺は、光の剣と闇の剣を出した時と同じように両手にそれぞれ魔力を込める。

 大きさは掌に収まる程度の大きさだ。しかし、この程度でも十分だ。

 両手にある光と闇を抑え込みながら顔の前でぶつけ合う。

 周囲に凄まじい衝撃波が広がり続ける。

 準備は完了した。あとは唱えるだけだ。魔王の必殺技たる、その名を。


光闇こうあん魔法》


混沌の虚空アンノウン


 俺は両手を目の前に出し、光と闇を射出した。

 光と闇は真っ直ぐ凄まじい速さで学園の校舎に向けてとんでいく。


「え――」


 そして、まるで空間を刈り取ったかのような静かな大爆発が起こる。

 校舎は跡形もなく崩れ落ちていった。


「は、はぁあぁあああああああぁあ!??!?!???」


 流石に学園の校舎を破壊するとは夢に思わなかったろう。

 学園長はさっきまでの冷静沈着でまるで動じなかった態度がどこかに吹き飛んでいき口をこれでもかと阿保らしく開けて驚き叫んでいる。


「わ……私の……学園……が」


 学園長は学園の惨状を見つめ腰から崩れ落ち真っ白に燃え尽きている。


「わぁ、わぁ……スルト……凄いね……」

『お、お前……随分と派手なことするな……』


 流石のメアも俺の魔法の威力に驚いているようだ。

 カゲヌイもあまりの俺の悪行に絶句している。


 戦闘員たちも全員唖然としている。

 怒り狂って襲い掛かってくるかと思ったんだが。


「な、なんなんだ今の……?」

「まさか、超級魔法……!?一介の学園生が英雄しか使えないような限られた魔法を何故……!?」


 面倒くさいな、かかってくるならかかってくればいいのに。

 襲い掛かる口実を与えてやるか。

 俺は懐から禁忌の魔導書を取り出しこれ見よがしに戦闘員たちに見せつける。


「ちなみに禁忌の魔導書は俺が持ってる」

「な、なんだと!?」

「あの娘に吸収されたのではなかったのか?」


「ってあー、さっきの攻撃の反動で全身に力が入らない―、この状態じゃ誰にも勝てる気がしないー」

「そ、そうだ!これだけの攻撃をして反動がないはずがない!今すぐ奴の魔導書を奪い取れ!」


 ようやく目の色を変えてくれた戦闘員たちが俺に襲い掛かってきてくれた。

 そうそう、そう来なくっちゃな。


 俺は襲い掛かってくる戦闘員たちをレーヴァテインの腹の部分でぼこぼこ殴り跳ねのけていく。どいつもこいつも弱すぎる。さっきの三人の方がよっぽど戦いがいがあった。

 適当に払いのけていたらいつの間にか全員その場に倒れこんでいた。


「こんなもんか」

「我々を……始末しないのか……?」


 何言ってんだ。生きて帰って俺の悪行を広めてくれる人間がいないと悪行をした意味がないだろう。俺は何も痕跡を残さない暗殺者になりたいんじゃないんだからな。


「また奪いに来い。いくらでも相手してやる」

「くそっ……!」


 戦闘員たちはテレビアニメのしょっぱい悪役のようにそそくさと逃げていった。


『それで、この後はどうするんだ』


 カゲヌイが、けだるそうに問いかけてきた。


「俺にはこの学園で残された最後の仕事をこなす」


 俺はそのまま立ち去り学園の広場へと向かう。


 ——スルトたちが歩き出した頃、その後ろでスルトの発言に対してエイルが疑問符を浮かべていた。


(禁忌の魔導書は私の中にあるのに。あのタイミングで助けにきたということは彼も知っているはず。どうしてあんな嘘を……?)

(って、スルトが行ってしまう。早く追わないと……!)



 禁忌の魔導書を奪い、教員たちを全員始末し、学園の校舎も破壊した。

 ——だが、まだ終わりじゃない。

 最後のメインディッシュが残っている。

 俺は最後の晩餐に向かうべく学校の広場へと向かったのだった。

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