27話 エイルVSヴェルナー

<エイル視点>


「げほっ、げほっ……!」


 なんとか取り戻した意識で必死に体を這わせ開けっ放しになっていた扉から地下室の広間まで移動した。


 地下室の広間は瓦礫だらけになっていた。

 さっきの苦痛を思い出しただけで全身が震え上がる。


 一体さっきのはなんだったの?

 しかも魔導書が私の体の中に……


 ふと自分の胸元を見ると元々あった《無尽蔵の魔心≫の紋章の他に見慣れない紋章が入っていた。

 いや、この紋章は見覚えがある。確か禁忌の魔導書に書かれていた――


「よぉ、小娘」

「ひっ……」


 背後からもっとも聞きたくない男の声が聞こえてきた。

 あの刺青の男だ。

 刺青の男は私が怯える様子を見て口角を上げて楽しそうな顔をしていた。


「よぉよぉ怖がっちゃって可愛いな。その顔面を踏みつぶせばもっといい声だしてくれんのか?」


 心底下衆な男だ。

 でも今この場であいつを打ち倒す手段は私にはない。

 それどころか体をまともに動かせすらしないのだ。


「落ちこぼれのくせに頑張っちゃってよ。さっさと諦めればいいものを」


 落ちこぼれ。役立たず。ごく潰し。

 そんな言葉は散々聞いてきた。

 でも、今だけはその言葉を黙って受け流すことはできなかった。


「……違う」

「あぁ?」

「私は……」


『お前は落ちこぼれなんかじゃない』


 頭の中でスルトの言葉がよぎる。

 そうだ――私は――


「落ちこぼれなんかじゃない!」


 意を決して私は魔力を込め大火球を刺青の男に放つ。

 しかし飛ばした大火球は男の遥か真上に逸れてしまう。


「どこ向けて撃ってんだよ」


 刺青の男は呆れかえって笑っている。

あの男はまだ気が付いていない。私の狙いは当てることじゃないということに。

 私はあえて上を狙った。あの上にあるものを狙ったのだ。


「ぐわっ!?」


 瓦礫が崩れて刺青の男は下敷きになる。

 でもこれは時間稼ぎにしかならないだろう。

 でもそれで十分だ。


 今の私では逃げることどころかここから立つことすらできず、這いずり回るのが精一杯だ。

 なら、この状況をなんとかできる魔法を創るしかない。


 あの魔導書には《魔法創造》の力が秘められていると言っていた。

 その魔導書は今私の中にある。


 未だに震えが止まらない。

 私にあんな苦痛を与えた魔導書の力を使わないといけないなんて。

 でも、私はまだ死ねない。死ぬわけにはいかない。

 せめて、彼に恩を返すまでは……!


 私は深呼吸して深くゆっくりと息を吐きだし集中する。

 スキルなんて使ったことはないけど心の中で魔力を練って唱える。


《魔法創造》


 頭の中に割れんばかりの情報が入ってくる。

 この世のありとあらゆる魔法。

 人々が生活の中で生み出した魔法。

 魔導士を目指す者たちが使ってきた下級魔法。

 魔導士となったものが使える中級魔法。

 優れた魔導士が使える上級魔法。

 英雄たちが使いし超級魔法。

 しかしどれも今の私には必要のないものだ。

 私が今この状況に必要なのはこれしかない。

 私は一つの魔法を選びそれを体の中で創造する。


「くそがぁあ!!よくもやったなこのクソアマがぁ!」


 刺青の男は多少体に傷がついていたが命に影響があるダメージを追ってはくれていなかった。それどころか今まで以上に怒りが増幅している。


「運んだ時に生きてさえいればいいんだろうが!手足の一本や二本引きちぎって……」


 刺青の男がああだこうだと言っている間に私はその場から立ち上がっていた。


「なんだ、まだ立つ元気があったのか?まだこけおどしの火でも撃つのかよ」


 私は目を閉じゆっくりと深呼吸をする。

 感じる。体の中に魔法があるのを。

 今までは使うことができなかった魔法。

 そして――彼が私に必要だと言ってくれた魔法。

 私はその魔法の名を唱えた。


《身体強化》


 私の体が魔力に包まれ光り輝く。

 しかしその魔法の名を聞いた刺青の男は呆れかえった声を出した。


「はぁ?身体強化だぁ?そんな初歩的な魔法で俺に敵うとでも……」


 次の瞬間、一瞬で懐まで跳んだ私は相手の腹に思いっきり飛び蹴りを食らわせる。

 刺青の男は壁に向かって小さなクレーターができるくらいの勢いで吹き飛び、口から血を吐き出す。


「がはぁ!?な、なんだこの動き……てめぇ、こんな魔法を隠し持って……?

 いや待て、まさか、魔法創造……て、てめぇ!!」


 そう、私が作り出したのは身体強化魔法。

 生まれつき体が弱かった。この魔法さえあれば剣術でも武道でも周りに追いつけるとずっと思っていた。しかし使うことができなかった。だが今は違う。私の中にあるものだからだ。

 刺青の男も私が何をしたのか解を得たようだがもう遅い。


「ブチコロ――」


 相手が剣を振ろうとした時には私は既に懐まで移動し右腕で顔を思いっきり殴打する。そして今度は左側に吹き飛び地面に落ちている瓦礫にぶつかりながら吹き飛んでいく。

 怒り狂った刺青の男は鎌をしまうと背中に刺していた剣を抜く。


「魔剣ブラッディア。斬った相手の血を吸い魔力を奪う剣!」


 そんな剣を隠し持っていたのか。

 それならどうして今まで使わなかったんだろうか。

 いや、あの魔剣……あきらかに雰囲気がおかしい。

 握っている本人も明らかに苦しそうな顔をしている。何か反動があるということか。


「てめぇは終わりだクソがぁ!!」


 刺青の男は真っ直ぐこちらに向かってくる。

 私は地下室の広間に置かれていた観賞用の剣を急いで拝借し手に持つ。

 そして魔剣による攻撃をなんとか受け止める。

 しかし攻撃を受け続けるうちにどんどん剣は傷だらけになっていく。


「無駄だ無駄だぁ!そんなちゃちな剣でこのブラッディアの攻撃は受け止められねぇぞ!大人しくさっさと血を吸わせやがれ!」


 冷静になるんだ、ただ攻撃を受け止めるだけじゃだめだ。

 メアの剣術を見たはずだ。

 彼女は受けるだけじゃなく、剣の攻撃を流していた。

 鍛錬でもやったことがある。

 深呼吸し心を整えた私は再び相手と向かい合う。


「さっさと血ヲォ!!」


 上段からの振り下ろし、切り返して横薙ぎ、また切り返して横薙ぎ。

 何度も何度も剣を振るわれるが今度は剣が傷ついてない。

 そう、剣による攻撃を最小限で受け流しているからだ。

 これなら魔剣とも渡り合える。


「てめぇ……落ちこぼれのくせに剣術で俺についてきやがるのか……?」


 才能が無い、落ちこぼれと言われ続けても鍛錬を欠かしたことはなかった。

 今までは動きに体がついてこなかっただけだ。

 そして才能のある者たちの剣技を私はずっと見てきた。 

 今ならあいつを倒せる!


「くそがぁ!!」


 しかしあちら側にこちらを倒す決定打がないのと同じようにこちら側にも決定打はなく、やがてこちらが先に限界が近づいてきてしまう。


 ビキィッ


「しまっ……」


 やがてついに限界を迎えた剣を折られ、当然その隙を見逃してくれるはずもなく私は脇腹を刺される。

 刺された個所から何かを吸い取られる感覚がする。

 痛い、痛い!!こ、これは血と魔力を剣が吸い取っているの!?


「刺した!刺したぞ!もう動けねぇだろ!というか魔力を練りたくても練れねぇだろ!これでお前は……」

《大火球》

「は……?」


 人間に一番隙が生まれる瞬間。それは勝ちを確信した時。

 私はその隙を見逃さず大火球を今度は真上に当てるのではなく体全体にぶち当てた。

 刺青の男は火だるまになりその場で転がり苦しんでいる。


「がぁぁあああ!?」

「悪いけど、少し吸われたくらいで使えなくなるくらいやわな魔力量じゃないのよ……げほっ」


 ドガァン!!


「えっ……!?」


 ようやく終わりかと思ったその刹那、学園のどこかでまたもや爆発音が鳴り響く。

 刺青の男の方を見ると満身創痍の状態で右手だけ上げていた。


「終わんねぇよ!こうなったら学園もろとも道連れに……!」


 あまりにも往生際の悪い。この状況でまだ諦めないだなんて。


 ドガァン!!


 男が指を鳴らすともう一度爆発音が鳴り響く。

 しかし今度は地下室の広間の天井に大きな亀裂が入りやがて部屋半分を覆う大きさの瓦礫が落下してくる。その真下には指と口以外動かせなくなった刺青の男がいた。


「は……?は!?く、くそがぁ!う、動け、動けぇ!あぁぁあああ!!」


 刺青の男は落ちてきた瓦礫の下敷きになりそのまま見えなくなった。

 あまりにも愚かで因果応報な最期だった。

 もう、あの声が聞こえてくることは二度とないだろう。


「はぁ……はぁ……」


 私は身体強化魔法が体に残っているうちに安全な場所まで移動しようと血だらけの体を必死に動かし階段を上っていき地下室を後にした。



◇無尽蔵の魔心

種:魔魂スキル

能力:無尽蔵に近い魔力を保有できる。

  使用者の練度次第では保有できる魔力量に制限がかかる。

代償:身体能力が低下する。


◇魔法創造

種:魔魂スキル

能力:この世のありとあらゆる魔法を網羅しており、使用者の望む魔法を付与する。

代償:魔法創造時、大幅な魔力を消費する。

 魔力が足りない場合、使用者の命を奪う。


◇魔剣ブラッディア

武器種:剣

能力:相手の血を吸うことで斬れ味が増し、強力になる。

代償:一度抜くと一定量血を吸うまで鞘に収めることができず、時間経過で暴走する。

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