25話 メアの過去、メアにとってのヒーロー
私の本当の両親は私が幼い頃に凄惨な事件に巻き込まれ命を落とした。
生き残ったのは私だけだった。
第一発見者はその光景を見て戦慄した。
家の中で切り刻まれた両親の死体、使用人の死体、そして凶器として使われたと思われるナイフ。
そして血まみれになりながらも唯一生き残っていた少女。それが私だった。
目撃情報など事件は詳しく調べられたが犯人につながるような証拠はどこにもなく、結局犯人が見つかることはなかった。
事件の話を聞き私を可哀そうに思った今の両親が養子として迎え入れてくれた。
今の両親は前の両親と同じように私を愛して可愛がってくれた。
けれど私の心の中にはずっともやのようなものがあり、それが何なのか分からなかった。
事件による心の傷がようやく癒え始め、外に出られるようになった頃だった。
「お前、変な目だな」
「気持ちわるー」
私は生まれつき左眼が青色で右眼が赤色だった。
当然村に同じような人はおらず、それを理由に村の子供たちからいじめられた。
やがていじめはより過激になっていき石を投げられたり蹴られたりした。
――そして事件は起こった。
きっかけはいじめっ子の一人に突き飛ばされて後ろの壁に頭を強くぶつけたことだった。
頭の中でプッツン、と何かが切れる音がした。
そしてその音と同時に私の意識は途切れた。
「……え?」
次に意識が戻った時、私を殴ってきた男の子に馬乗りになって右腕を振りかぶっていた。
その子は顔中が痣だらけになり泣きながら鼻血を流している。
あたりを見渡すと周りの子供たちもみんな血だらけになって泣いている。
私の手の甲には血の痕があった。
これは――私がやったの?
当然、その事件で私は村中から非難された。
なんて暴力的なんだ、明らかにやりすぎだ、と責め立てられた。
たまたま王都から観光に来ていた騎士の人によれば私の右眼にあるのは魔眼と呼ばれるものでそれによってあんな事件を起こしてしまったのだという。
騎士さんは私が悪いわけではないと庇ってくれたけどそれで皆納得してくれるわけもなく、周りから軽蔑され、非難され、それ以降私はずっと仲間外れにされた。
いじめは陰湿なものになり、私が怪我をさせたいじめっ子たちもこりずに私のものを盗んだり、隠したりと嫌がらせを続けた。
でも私にとってそんなことはどうでもよかった。
私はその事件をきっかけに思い出してしまったのだ。
――本当の両親を殺したのは、私だってことに。
おぼろげな記憶の奥底に確かにそれはあった。
ナイフを手に持って、両親とメイドたちを切り刻む自分の姿が。
事件を調べた人たちも予想だにしていなかっただろう。
こんなに小さな少女が親を殺すだなんて。
だからこそ私は疑われることは無かったんだと思う。
けれど私は怖くて怖くて仕方なくなった。
自分が生まれ持った力が。
今回はたまたまあの程度で済んだ。でも一歩間違えたらまた皆を殺してたかもしれない。
人前に出ることすら怖くなり家から出ることも少なくなった。
そんなある日、村の端っこで独りぼっちでいた時に声をかけてきたのがスルトだった。
スルトは私の両目をのぞき込むと同時に目を輝かせていた。
「か、かっけぇ……!オッドアイじゃん!」
言葉の意味は分からなかったけど、私は初めて自分の目を褒めてくれる人に出会えた。
それからスルトはたびたび私のところに遊びに来るようになった。
事件のことは知ってたみたいだけど、それを聞いた上で怖がらずに私に会いに来てくれたらしい。そんな人は初めてだった。
スルトは私がふさぎ込んでいても無視しても何度も何度も私に会いに来た。
こちらは何も言っていないのに一方的に話をしてくる。
よく分からない話を永遠とされたけど私の記憶に残っているのは一つの話だけだ。
目の色が違うということがいかにかっこいいか。
彼はそれを熱弁した。
かっこいい。そんなこと考えたこともなかった。
気味が悪いもの。恐ろしいもの。そういうことしか考えたことが無かった。
私はいつしかスルトに心の内を明かしてしまっていた。
「なに?村のガキどもからいじめられるって?」
「でも……私が怪我をさせちゃったから……」
「そんなん関係ないだろ。なんて悪い奴らだ。羨ましい」
「う、うらやましい……?」
スルトは変わっていた。
私を怖がらずに声をかけてくることもそうだけど、性格は子供っぽいのになぜか子供らしくない。
いつも聞いたことのない言葉を言ったり意味の分からない単語を楽しそうに語っていた。
「で、でもやめてって言ってもやめてくれないし……」
「んなもんやめてくれるわけないだろ。悪に対する対抗手段は一つだ」
「それって……?」
「更なる悪をすることだ」
そう言ってスルトは私の手を引っ張っていじめっ子の一人の家まで連れて行く。
そして細い鉄の針のようなものを二つ持つと鍵穴に差し込み始めた。
ぴっきんぐとか言ってたけど私にはよく分からなかった。
扉の鍵を開けると次にスルトは虫をたくさん捕まえてこいと言うので私は草むらから何匹か捕まえてスルトに渡した。
スルトは虫を持って家の中に侵入すると玄関で何かした後、外に出てきた。
玄関の近くの茂みの中に移動して、しばらくの間様子を伺っていると中から叫び声が聞こえた。
「ぎゃあああああ!?!?!?」
「な、なにしたの……?」
「靴の中にありったけの虫をしこんでやった」
「そ、そんな悪いこと……」
スルトは心底満足そうな顔でやりきったという表情をしていた。
とても楽しそうだった。
「逃げるぞメア」
「う、うん……」
道を一緒に走りながらスルトは叫んだ。
「やはり悪はこうでなくては!お前には才能がある、俺についてくる気はないか?」
それからというものの、私はスルトに連れられて悪戯を繰り返した。
通り道に差し掛かったところで真っ黒な液体を頭からかぶせたり、地面につるつるの液体をばら撒いて歩けなくしたり、更には岩魔法で小さな囲いを作って閉じ込めるなんてこともしていた。
私がいじめっこに何かされるたびにスルトの悪戯は過激になりやがて私は何もされなくなっていった。
スルトのしていることは酷かったし、そのせいで散々大人たちに怒られることも増えたけど、私は久しぶりに心の底から笑うことができた。
――しかし、またしても事件は起こった。
スルトと悪戯の計画を練っていると、スルトはいいものか見せてやると言うので見に行くと固いボールを飛ばして相手にぶつける簡素なおもちゃを作っていた。
だがスルトの実験が失敗し、そのボールは想定の何倍もの威力で暴発し、私の頭に当たってしまった。そして頭の中で何かが切れた音がした。
またしても右眼の魔眼が発動してしまった。
意識を取り戻した時には目の前で鼻を抑えて悶えるスルトの姿があった。
私は――またしても同じことを――
私のことを唯一認めてくれた男の子に――こんな酷いことを――
「メアァア!!」
スルトは怒り狂ったような声をしながら起き上がった。
「ひっ!!あ、その、ご、ごめん……なさ――」
怖い、怖い。怒られる。嫌われる。怖がられる。
「その目にそんなかっこいい能力があることをなんで教えてくれなかったんだ!!ずるいぞ!」
「…………え?」
「右眼が赤く染まり、真の力を発揮する。暴走フォーム!くっそぉ……なんでそんなかっこいいのを持ってるのが俺じゃないんだ……うがぁ!!」
スルトは鼻からずっと鼻血が垂れていることも気にせず何か叫んでいた。
一体何を言っているのかよく分からなかった。
でも、唯一言えることはスルトは私に対して怒ってもないし怖がってもいないということだった。
わけが分からなかった。
私はこんなにひどいことをしてしまったのに。
どうして怒りもしないし怖がりもしないのか。
それからスルトは毎日のように私のところに遊びに来るようになり、もう一度眼の力を見せてくれと懇願するようになった。
私は困惑してばかりいた。
そんなある日、とうとう私は誰にも言えなかった真実を彼に話してしまった。
なんでその話をしてしまったのかは分からない。
どうせ彼も皆と同じだろうと。
どうせ真実を知れば私のことを怖がるだろうと。嫌いになるだろうと。
そう思って言った。
――私は両親を殺したことがあるって。
どんなに変なスルトだってこんな恐ろしい話を聞いてしまえばそうに決まってる。
そのはずなのに――
話をした瞬間、スルトは更に目を輝かせていた。
そして両手を私の肩に置いた。
「メア、お前はこれ以上ない逸材だ。俺の配下となれ」
「え……?」
「お前には才能がある。その力、俺のために使う気はないか?」
逸材?配下?才能?
これまでで一番スルトの言っていることがよく分からなかった。
「与えられた力は使わなければ勿体ないだろう。何の役にもたてないのならそんな素晴らしい力を授かった意味がなくなってしまうだろう」
素晴らしい……?すばらしい、こんな、こんな酷くて残虐な眼が……?
その言葉を聞いて私は生まれて初めて激しく怒った。
許せなかった。私が大嫌いなこの眼のことをそんな風に褒めるなんてことが。
「ふざけないでよ!私の本当のお父さんとお母さんは……私のせいで死んだんだよ……?
こんなの……こんな眼……持って生まれてこなかった方が……!」
「おい、その発言だけは許さんぞ。そんな眼を持っておきながらいらないなどと、羨ましすぎて死にそうだ」
今度はスルトが怒っていた。
今まで見たこともない真剣な顔つきで。
私の中にある怒りは収まり今度は目から涙が溢れて止まらなかった。
「だって、だって……これのせいでお父さんとお母さんは……」
「ならばこう思うといい。その眼のおかげで俺と出会うことができたとな」
「え……?」
「その眼を俺のために役立てることが両親に対する弔いになるのではないか?」
この眼を……誰かのために使う?
そんなこと考えたこともなかった。
「そうと決まれば、その右眼を使えるようにならないとな!どうやったらさっきみたいに眼の色が変わるんだ!?」
「え?あ、あ、その……なにか強いショックを受けないとならなくて……」
「じゃあ今すぐ強いショックを与えないとな!」
「え、えぇ……?」
それから今度は右眼の魔眼を制御する練習が始まった。
私はスルトの欠陥品のボール発射装置を使い、自分の頭にボールをぶつけて魔眼を発動させる。
最初のうちはまたしてもスルトのことを血だらけにしてしまっていたけど、スルトは嫌な顔一つせず、それどころかずっと楽しそうな顔をしていた。
そしてついに――
「メア、ちょっとタンマ!」
「……え?」
意識を取り戻すと顔があざだらけになったスルトに肩を掴まれていた。
――あれ?戻れた?
「ね、ねぇ……もう一度試してもいい?」
「え?まじ?まぁ構わないが」
もう一度やっても同じだった。
スルトに肩を掴まれると私は魔眼の力を解除できる。
「スルト……」
「どうやら俺がいれば魔眼の力をある程度制御できるようだな。まぁ俺の魔王としての才能がそれをさせるのだろうが……」
「うわぁああん!!」
「ぐべぁっ!?」
私は思わずスルトに抱き着いた。
「スルトぉ……ありがとぉ……!うわぁぁあん……」
「ちょっ、首っ、締まるっ死っ、メア、貴様まさかいきなり裏切る気かっ……謀反、謀反かっ……!」
その時悟ったんだ。
スルトこそが私が従うべき人。
私はスルトのために生きるべき人間。
だから私はスルトの言うことをなんでも聞くしスルトのためなら何もかも捨てられる。
スルトのために生きるって決めた。
スルトの役に立つ。
どんな命令だろうと従う。
どんなことだって言うことを聞く。
ずっとスルトの傍にいるために。
私のことを認めてくれて、私を救ってくれたヒーローだから。
あの日からずっと、スルトは私にとってのヒーローなんだ。
どんな御伽噺や絵本に出てくるような人より、この世界に存在する英雄や魔導士や騎士様よりも、ずっと。
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