17話 女の子と二人きりで夜中に魔法の訓練、何も起きないはずもなく

 すっかりあたりが暗くなった時間。

 魔結晶により照らされている模擬戦場の真ん中で、俺は入口に背中を向けた状態で佇んでいた。

 例えるなら自身との戦いに挑む勇者を背中で待つ魔王のように。

 ――背中で待つって言葉良いな。あとで魔王計画書にメモしておこう。

 そんなことを考えていると入口からコツコツと足音が近づいてくるのか聞こえる。


「来たか」


 ゆっくりと振り返るとエイルが立っていた。

 立場がもしクラスメイト同士ではなく魔王と勇者ならこれからお互いの生死と正義をかけた戦いが始まるものだが。

 ――生死と正義をかけたっていいな。韻を踏んでて。これもあとでメモしておこう。


「魔法の制御の訓練とはいったけど、一体どんなことをすればいいのか……」

「焦るな。まずお前の現状についての説明をする」


 俺が子供の頃から毎日のようにやっていた魔力制御の訓練。

 まぁ全部独学なんだが。まずはこれを理解してもらわなければならない。


「魔力を水道と蛇口に例えるのなら、お前は蛇口を一瞬だけ開けて必要なだけの魔力を出そうとしている。それじゃ魔力は出せない。

何より蛇口から流れ出る水が多すぎるがゆえに蛇口をひねること自体を恐れてしまっている。それでは必要なだけの魔力量は得られないどころか必要以上に魔力を出してしまう。その結果が今日の魔法訓練だ」


 ちなみに一応この世界に水道や蛇口の概念はあるのでこの説明で伝わる。


「じゃあ、私はどうすれば……?」

「こうするんだ」


 俺は右手の指を真上に向け、小さな火の玉を出現させる。

 初級魔法で使う火をつけるための火よりも更に小さい米粒並みの火だ。

 それに少しずつ魔力をそそぎ、ゆっくりと何十秒もかけて火の大きさを大きくしていく。

 やがてボールくらいの大きさになった火の玉を的に向かって飛ばす。

 飛ばした火の玉は寸分たがわず飛んでいき、やがて的に当たり消えた。


「凄い……そんな微細な魔力操作が……」

「お前もやってみろ」

「でも実践でそんな時間がかかってたら……」

「今は訓練だ。後々これを早くしていけばいい。これができるだけで魔力操作のレベルは格段に上がる」

「わ、分かった」


 まだ片手は難しいらしくエイルは両手を前に出し少しずつ魔力を注ごうとするが火をつけることすらできない。


「んんっ……んんっぅう!」

「焦るな。いきなり出来たら苦労しない。最初は多少大きすぎたりしても問題ない」

「わ、分かった……」


 エイルが魔力を込めるが、両手で収まりきらない大きさの火の玉を生成してしまう。

 大きすぎても問題ないとはいったが流石に大きすぎるような気もする。

 まぁ、最悪の場合は対策を考えてあるし問題ないだろう。


「最初の時点にしては大きすぎるが仕方ない、それに少しずつ魔力を足していけ」

「う、うん」


 エイルは目を食いしばりながら魔力を込め始める。

 しかし、魔力を込めた瞬間火の玉は一気に空気を押し込んだ風船のようにたちまち巨大になってしまい膨らみ続け今の3倍の大きさまで膨れ上がっている。しかも膨張が未だに止まらない。


「うわぁああ!?ど、どうしよう!?どうすればいいの!?」

「そのまま持ってろ」


 俺は小声で魔法を唱え指の先に真っ黒な弾を生成するとそれをエイルの持つ火の玉に投げ込んだ。

 火の玉は音もなくブラックホールに吸い込まれるように消滅した。


「……え?」

「もう一度やってみろ」

「ちょっと待った、貴方今どうやって魔法消したの?」


 あ、やべ。そういえばこの魔法誰にも見せたことなかったな。

 さてどうやってごまかそう。


「……企業秘密だ」

「いやいやいや、魔法に魔法を当てて相殺するならまだしも跡形も音もなく消し去る魔法なんて聞いたことないわよ!?」

「これ以上詮索するのなら指導は中止だ」

「うっ……わ、分かったわよ……全然腑に落ちないけど」


 火の玉を生み出す、少しずつ魔力を加えようとするも失敗しすさまじい大きさになって暴走するを繰り返す。

 しかし少しずつ制御できるようになってきている。

 まぁ俺の指導あってこそだがな。


「次だ。次はこれらの装置に魔力を込めてみろ」

「なんなの、これ。長方形の……箱?中に何が入ってるの?」

「魔力を均一に込める練習用の装置だ」


 まぁこれは嘘なんだがな。

 この装置は俺が開発したものでこれは強い魔力を込めれば込めるほどよりド派手にばくは――おっと、これ以上はまだ語らないでおくか。とっておきは最後までとっておくからこそとっておきなのだからな。


「こ、こう?」

「その調子だ。よし次」


 そんな感じで俺とエイルは魔力制御の訓練を遅くまで続けた。


****


「……あ、もうこんな時間ね。そろそろ寮に戻らないと怪しまれるわね」

「そうだな。それを毎日少しずつ練習することだ。俺も付き合う」


 エイルが俺を一瞥するとこちらに近寄り俺の目を見て真剣な表情で話し始める。


「ねぇ、前々から思ってたけどどうして貴方はそこまで私にしてくれるの?

 ――その、貴方が悪いわけじゃないのに私、首席奪われたって言って八つ当たりもしちゃったし……」


 なんだ。 今更そんなことを気にしてたのか。


「言わなかったか?その才能が惜しいと。周りに理解されないのなら俺が理解してやる。お前は落ちこぼれなんかじゃない」

「…………」

「お前にはこの件を乗り越えて強くなってほしいんだよ」


 嘘は言っていない。

 俺はこいつを試すつもりだ。

 魔王たる俺の配下となるに相応しい人間か。

 シスシスとかいう組織がいるならちょうど良い。

 エイルとその組織をぶつけて生き残ることができたら俺の配下に加えてやっても良いな。

 もし死んだら死んだでその程度の人間だったということだ。

 だが、せっかくなら血を吹き出しで残虐に死んでくれて俺を楽しませて欲しいものだ。

 ふはっ、ははははは!!


「……どうしたの急に笑い出したりなんかして」

「……いやすまん、お前の成長が楽しみでな」

「変なやつ」


 やべっまたやっちまった。声に出てたか。

 前にも言ったように俺が求めているのはあくまで恐怖的な畏れであって変人を見るような恐れが欲しいわけじゃない。


「でも、ありがとう」


 エイルが礼を言うとは珍しい。

 少しは俺のことを信用し始めてくれたようだな。

 なかなか良い傾向だ。


「それじゃ片づけはお前に……」

「前から思ってたんだけど、そのお前ってのやめてほしいんだけど」


 エイルは不満そうな顔をしながら話し始めた。


「じゃあどうすればいいんだ」

「ちゃんとエイルって呼んでよ」

「そんなことでいいのか?」

「うん」


 呼び方がそんなに重要か?どっちでもいいような気がするが。

 ……いや、待て。

 魔王趣向的に考えてみると呼び名は確かに重要だな。

 魔王様、主様、スルト様、我が魔王、色々な呼び名はあるだろうがどの呼び方でも雰囲気がガラッと変わる。


 俺としたことがそんな重要なことに「どっちでもいい」と考えてしまうとは。精進が必要だな。

 配下候補となるエイルがそう呼んでほしいと願うのであれば尊重してやろうではないか。


「分かった。それじゃあ、片づけはエイルに任せたぞ」

「はいはい。……といっても貴方が暴走した魔法をことごとく消し去るから後片付けもなにもないんだけどね」


 やっべ、少しやりすぎたか。

 まぁエイルが簡単に俺の魔法のことを漏らすとは思えないし大丈夫だろう。多分。


 こんな形で俺とエイルは定期的に夜に模擬戦場に集まり魔法制御の訓練を行うようになったのだった。

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