21話 学園崩壊日

<エイル視点>


 昨日の遊び疲れが取れないまま私は寮から起き上がると着替えると羽飾りを頭につけそのまま教室へと向かった。


 教室に行くのが楽しみになったのは今までで初めてのことかもしれない。

 スルトはどんな反応してくれるだろうか。

 ……でも、変わった性格だし変な反応するかもしれないし、そもそも何も言ってこないかもしれない。

 何も言ってこなかったら少し悲しいけど……


 自分でもこの短い期間で変わったと思う。

 前まではスルトのことを毛嫌いしてあんなに警戒していたというのに。

 でも、彼だけが私のことを唯一認めてくれて、親身になってくれて、そして落ちこぼれじゃないと言ってくれた。

 彼が一体どんな目的でそんなことをするのかはまだ分からないけど……


「エイルさん」


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると後ろから剣術の指導をしているアミル先生に声をかけられた。

 こんな朝早くに私に何か用事だろうか。

 思い当たる節はない。


「あの……私に何か?」

「学園長がお呼びでしたので学園長室まで行ってくださいますか?」

「学園長が……?」


 そう言ってアミル先生は去っていく。

 今度はなんだろうか。

 免除してもらったから学費は払わなくてもいいはず。

 まさか夜中に模擬戦場ずっと魔法の練習をしているのがばれた?

 でもわざわざ学園長が呼ぶほどのことだろうか。アミル先生からそのまま注意されて終わるはず。

 一体何が――


 キーンコーン––––


 予鈴が鳴りひびく。


 ドガァン!!


 次の瞬間、学園の校舎が大きく揺れた。

 あたりでは学園生たちの悲鳴が響き渡る。


 地震?いや、あきらかにどこかで爆発があった音だ。

 私みたいに誰かが魔法の暴発でもしたのだろうか。

 しかしこの規模の爆発が起こるなんて余程……


 ――まさか。


 私は頭の中で一つの解が導き出される。

 組織の襲撃。ということは目的は、禁忌の魔導書!

 私は踵を返し魔導書のある地下室へと向かう。


****


<スルト視点>


 俺は今日は教室に行かずに時計塔の頂上から学園を見下ろしていた。

 どうやら俺が設置した爆弾はうまく作動しているみたいだ。

 試作段階とはいえスムーズに行ってよかった。


 エイルの位置は――ふむ、予想通り地下に向かっているな。 

魔導書の様子を見に地下に向かったのだろう。

 俺が昨日エイルに渡した羽飾り。これには特殊な魔法をかけてあって俺が独自に開発した探知魔法を使うことで居場所を特定できるのだ!

 といってもまだ開発途上なので俺がマーキングしたものの場所しか分からないんだが……隠れている敵を瞬時に全て特定するくらいには調整したいところだな。


 爆発が起きれば組織とやらが襲撃しに来たと思うだろう。

 そして地下室へと向かい魔導書の様子を見に行く。

 もしここで組織による襲撃で魔導書が奪われでもしたらエイルの学費免除がなくなるかもしれないんだからな。

 魔導書の場所まで誘導しそれを俺は追うことで魔導書をせしめるというわけだ。


 俺は時計塔から地面に飛び降りる。

 身体強化魔法を使っているので足が折れることはない。


「スルト、何してるの?」


 気が付くと俺の後ろにメアが立っていた。

 いつも正門で待ち合わせしていたのをすっぽかして計画を実行に移したからな。

 俺のことを探していたのだろう。

 頬を膨らませて機嫌を悪そうにしている。

 メアの機嫌が悪いことは意に介さず俺はメアに決定的な質問を投げかける。


「俺の目的のためにこの学園で事件を起こす。メア、お前はどうする?」


 これに動揺したり嫌がるようなら俺の配下としての素質はない。

 しかしメアは驚いたような様子を一切見せない。


「言ったでしょ。私はスルトが行きたいところならどこでも行くし、どんなことでもついていくよ」

「クックック……」


 ――やはり、俺の目に間違いはなかった。

 こいつは俺の指揮棒タクト次第でどんな悪事でも喜んでやる。

 悪としての決定的な才能がある。


「私は何を手伝えばいいの?」

「とりあえずは黙ってついてこい」

「うん」


 これから昨日まで楽しく通っていた魔法学園を破壊し、学園生たちを皆殺しにするというのにメアは眉一つ動かさない。素晴らしい。

 俺はついに自分がやりたかったことを実現できることに歓喜しながら歩いて行った。


****


 スルトは気づいていなかった。

 自分の仕掛けた爆弾がどれ一つとして作動していないことを。


 スルトの作った魔力爆弾は確かにスルトの考える通り込めた魔力が大きければ大きいほど爆発の威力を増す。


 しかし、魔力があまりにも大きすぎるとその魔力が抜けてしまい不発になってしまうという欠陥品だった。自分自身で魔力を込めていればうまくいったかもしれないが、無尽蔵の魔力を持ち魔力制御の疎いエイルに込めさせてしまった。


 それゆえに、敵の組織が仕掛けた爆弾を自分が爆発させたものだと思い込んでいたのだった。


****


 その頃、教室では。

 爆発音が聞こえたことで阿鼻叫喚となり学園生たちは動揺を隠しきれなかった。


 しかし、事態はそれだけでは終わらなかった。


《愚かな子らよ、我が名において命ずる。自らの罪を認めその罪を表し嵐の海に自らの体を投げ出さん》


 建物の上で何者かが魔法を唱えた。

 その魔法の詠唱は学園中の誰もが聞いた。

 それと同時に、クラスにいた学園生たちが突然苦しみはじめた。


「う、うぅうう…………!!」

「ど、どうしたんですか皆さん……!」


 アマンダ先生は困惑し苦しんでいる学園生たちを心配そうに見ている。

 しかし苦しみだしたのは全員ではない。

 全体のうち三分の一ほどの学園生が苦しみを訴えている。


 しばらくすると同時に、苦しみを訴えていた学園生たちが静まり返る。


 さながら嵐の前の静けさのように。


 次の瞬間、学園生たちの顔つきが獣のような正気を完全に失った目に変わった。


「うがあぁああ!!」

「きゃーっ!?」

「うわぁああ!?」


 それと同時に近くにいたまともな学園生に向かって襲い掛かり始める。


「み、皆さん落ち着いてください!!どうしたんですか突然!!」

「に、逃げろぉ!!」


 学園のそこかしこで同じ現象が起き、学園中は恐慌状態と化した。


****


<エイル視点>


「な、なんなの……?」


 学園で爆発が起きたかと思ったら次は様子がおかしくなった学園生たち。

 まさかさっきの詠唱……これも敵組織の仕業なの?

 私は襲い掛かってくる学園生たちを必死に避けながら地下室へと向かった。


 そして禁忌の魔導書が封印されている場所への階段まで差し掛かる。

 本当に例の組織とやらが襲撃に来ているのだろうか。

 だとしたら私一人でどこまで――


「あーこんなとこにいたのか小娘」


 後ろを振る向くと怪しげなローブをつけ顔に赤色の刺青をした明らかにこの学園の人間ではない男が立っていた。

 今の口ぶりからすると私のことを探していたのだろうが、私には全く身に覚えがない。


「大人しくついてきてもらおうか」

「……嫌だと言ったら?」


 私は相手の出方を伺うためにそう言うと、男は右手を上に伸ばす。

 そしてこれ見よがしにパチン、と指を鳴らした。


ドガァン!!


 するとさきほどと同じように学園のどこかから爆発音がした。


「なっ……!」

「言う通りにしねぇんならこんな風に学園を爆破していく。次はどこが爆発するかなぁ?もしかしたらお前の愛しいご学友たちがいる教室かもしれねぇなぁ」


 さっきの爆発はこの男のせい……?

 ということは、この男はロキシスとかいう組織の人間……?

 私が言うことを聞かないと皆が巻き込まれる。


 私の頭の中で友人二人の顔が思い浮かぶ。

 スルト……メア……!!

 二人を巻き込むわけにはいかない。


「わ、わざわざ爆破する必要なんて……!」

「分かってねぇなぁてめぇに拒否権なんてねぇんだよ。3秒以内に返事しろ。3、2……」

「わ、分かった、分かったから!」

「口の聞き方がなってねぇなぁ」

「うっ……わ、分かりました……」

「まぁいいだろ。早く地下室まで案内しろ」


 私は刺青の男に促され地下室へと向かい、禁忌の魔導書が封印されている部屋の扉を開き中へと入る。


 すると刺青の男と同じ服装をした二人の男が中にいた。

 一体どうやってこの部屋に入ったのだろうか。

 というかまだ他にも仲間が……?


「あぁん?おっさんと若造の二人は既に来てたのかよ。どうやって入った」

「他にも入る方法はある」

「けっ、この小娘に開けさせた意味ねぇじゃねぇか」

「意味はある。この任務の要はその娘なのだから」


 任務?一体どういう意味……?

 というか要が私って……

 ――待って、あの二人は……!!


「み、ミゲイリ先生とカイン先生……?」


 入学式でも授業でも幾度となく見た先生たちだった。

 王都直属の騎士部隊を指揮しているという先生がどうしてこんなことを……?


「どうして二人が……」

「あぁ?今更気づいたのかよ。学園にはいくらでも組織の手の者がいんだよ。というかほとんどの人間がそうだ」

「なっ……!」

「ヴェルナー、寄せ」

「別にいいだろうが。そんで、そこにあるのが《魔法創造》とかいう反則じみたスキルが刻まれた禁忌の魔導書ってやつか?」


 ま、魔法創造……!?そんなもの見たことも聞いたこともない。

 もし仮にそれが本当だとしたらどんな魔法でも自由に作り出せることになる。

 この魔導書がそんなとんでもないものだったなんて。

 与えられた情報に頭が追い付かない。


「さっさとその魔導書の前に立て」

「え……?」

「モタモタしてんじゃねぇ、早くしろ」

「うぅ……」


 刺青の男に促され私は魔導書の前に立った。

 一体これから何が起こるっていうの?

 いつの間にか前に立っていたミゲイリ先生が魔導書の前で魔法を唱え始めた。


《封印解除》


 初老の男がそう唱えた瞬間、魔導書から紋章でできた触手のようなものが這い出し目の前にいる私にまとわりつく。


 まるで針に全身を串刺しにされ巨人に握りつぶされているかのような苦痛が体中に響き渡る。


「あ”あ”ぁ”ぁ”ぁ”あ”あ”!!!」


 痛い痛い痛い!!苦しくて息ができない!!

 今すぐこの苦痛から抜け出してたまらないがあまりの痛みと苦しさに指一本動かすことができない。


「静かにしてくれねぇもんかね」

「この魔導書は魔魂スキルの中でも上位のものだ。受け入れるのが簡単にできるのなら我々もここまで苦労していない」


 どのくらい苦痛が続いただろうか。

 しばらくすると魔導書が光とともに私の体の中に吸収されていく。

 それを期に、ようやく苦痛が収まりその場に倒れこむ。


「……成功だ」

「おぉっ!まじかよ。今まで試した奴全員死んで来たってのに。よほど体内に魔力がありあまってんのか」

「この娘はこのあとどうするのです?」

「連れて行く」

「そのあとは?」

「その後は我々の預かり知らぬことだ」

「はっ、どうせ殺して中にある魔魂スキルを抜き取るんだろ。価値はそこにしかないしな」


 私は薄れゆき意識の中で男たちの会話が耳に入る。

 部分的にしか聞こえなかったが私を殺してスキルを抜き取ると言っていた。

 ここから逃げ出したいが体が動かない。


 私は……死ぬの?

 あの日以来初めて友達もできて……

 こんな苦しんだ末に、なにもできずに。

 家を見返すこともできずに、私はこのまま……


 誰か……助けて。私はまだ死にたくない。

 そんなことを思ったのは初めてかもしれない。


 今まで自分には価値が無いと思いこんでなんならこの世界から消え去りたいとすら思っていた。ようやく私の価値を認めてくれる人たちに出会ったというのに……私は……ここで――


 ドガァン!!


 次の瞬間、真上から爆発音がした。

 強固に作られているはずの封印の地下室に大きなヒビが入り、そのまま瓦礫が崩れ落ちてくる。


「ぐわぁああ!?」

「なんだぁっ!?」


 先生たちはその瓦礫の下敷きになってしまう。

 偶然にも私の上には落ちてこなかった。

 何が起こったかは分からない。

 でも今しかない。

 私は必死に動かない体に力を籠め引きずりながら空きっぱなしの扉に向かい、地下室の外に出る。


「ヴェルナー!貴様!地下室の真上に爆弾を設置する奴がいるか!」

「うっせぇな!こんなところに爆弾置くわけねぇだろうが!!」

「貴様以外誰がいると……」


「やべ、威力がでかすぎたか」


 エイルが部屋の外に出た後、真上の部屋から降りてきたのはスルトだった。


「さて、魔王の俺様が奪いに来てやったぞ」


 スルトは上の階から飛び降りると高々にそう宣言したのだった。

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