22話 地下室の戦い

 俺が禁忌の魔導書のある部屋に入る少し前。

 俺とメアは地下室へ向かう階段の前へとたどり着いた。

 しかし後ろから声をかけられ呼び止められる。


「二人とも、なにをしているのですか」

「アミル先生」


 確か剣術の先生だったか。

 ちっ、この忙しい時に。

 今は1分1秒も惜しいだよ。


「この状況で出歩いてるんですか。さきほどの爆発音が聞こえませんでしたか?

そもそもこの先は立ち入り禁止ですよ。早く教室に戻りなさい」

「それはできない相談ですね。この先に用があるんでね」

「許可できません」

「誰がいつ貴方に許可を求めました?」


 俺に命令ができる人間なんてこの世界にどこにもいない。

 どうやらあの先生は自分が俺より上だと勘違いしているようだ。

 俺が殺してもいいが、時間をかけるのは避けたいな。


「メア、殺れ」

「うん」


キィン!!


次の瞬間、メアがアミルに向かって切りかかり剣ぶつけ金属同士の衝突音があたりに響き渡る。


「なっ……!?」


 突然斬りかかってきたメアに驚きつつも咄嗟に剣で防いだ奴も見事なものだ。

 並みの剣士なら斬りかかれたことにも気づかずに斬られて終わるところだったろう。


 メアが戦ってくれれば時間を無駄にせずに済む。


「メア、命令だ、負けるな。なによりメアに剣で最初に勝つのは俺と決まっているからな」

「分かった」


 俺は最も信頼のおける配下に雑兵の相手を任せそのまま地下へと走り去った。


****


 アミル先生が俺のところまで来たということはまさか俺の悪事は既にばれているのか?

 だとすれば早めに対策を取るべきだ。


 禁忌の魔導書を奪うことは最優先事項だとしても学園の戦力はできるかぎり早めに摘んでおいた方が後々の殺戮もやりやすくなる。

 丁度俺の影の中に食って寝てばかりで全く働いていない奴がいるし、働かせることにするか。


『カゲヌイ。出ろ』

『なんだ』


 俺の影からカゲヌイが人の姿で出てくる。

 夜中以外まともに出してもらえなかったことに気を悪くしているのか分からないがカゲヌイは眉をひそめていた。


『あれだけ外に出るなと口を酸っぱくして言っていたくせに、今更何のようだ』

『お前のやりたがっていたことができるんだぞ』

『人間を殺すのか』

『そうだ。この学園の人間を見境なく……いや』


 とりあえずは先生とか強い奴を潰しておいてもらった方がいいな。

 カゲヌイなら少なくとも学園の先生くらいなら相手にならないだろう。

 それに、メインディッシュである弱者たちの殺戮ショーは俺の手で最後の最後にやるべきだ。

 となると――


『お前の姿を見て襲い掛かってくる奴だけを殺せ。学園生は殺すなよ』

『どうしてだ?』

『やっていれば分かる。黙って動け』

『……分かったよ』


 渋々といった顔でカゲヌイは飛び出していった。

 これでとりあえずはある程度戦力を削れるだろう。


 さて、地下室にたどり着いたはいいんだが……

 この真下から強い魔力を感じるんだよな。

 でもこの先に行く扉や道はどこにもない。

 もしかして道を間違えたか?


 仕方ない、床ごとぶっ壊すか。

 俺はある魔法を使って屋根をぶっ壊したのだった。


****


「貴様、何者だ」


 俺は周囲を見渡す。

 髭の男、若い男、刺青男。三人か。


 エイルはどこかに行ったようだな。まぁ魔導書への道案内はしてもらえたわけだからこの際置いておくとしよう。


 刺青の男は見たことがないが、髭の男は確か王都直属の騎士部隊のるミゲイリ先生、若い男は剣術指導補佐のカイン先生だったか。先生と一緒にいるということはあの刺青の男も学校の教員だろう。


 なぜ教員たちがこの地下に?

 さては――禁忌の魔導書を守るためにここにきたな?


 くそっ、めんどうだ。

 だが同時にチャンスでもある。俺の目的の障害となる存在を今この場で消せるのだからな。

 どうするか考えているとミゲイリ先生が俺の顔を見て思い出したようだった。


「待て、貴様、確か、魔法学首席入学のスルトか」

「なぜ学園生がここに」


 俺が現れたことに驚いているようだな。

 俺は動揺を誘うためにもあえて目的を明かすことにした。


「魔導書を貰いにきた」

「魔導書だと!?」


 目的を明かしてやるとカイン先生が驚いていた。

 言いたいことは分かるぞ、学園の機密であるはずの魔導書のことを俺が知っているんだからな。


「学園生がなぜ魔導書を狙う。そしてそのことをどこで知った」

「貴様らにその理由を話す必要がどこにあるというのだ?」

「学園生のガキのくせに随分と偉そうな口調じゃねぇか」


 刺青の男が話に割って入ってくる。

 まさかこの俺に先生と話すときは丁寧口調で話せとかいう気か。

 刺青入れてるくせに昭和的な考えの時代錯誤な奴だな。


 そのまま刺青の男が前に出てくる。血の臭いがする。相当殺し慣れているな。

 おそらく戦場で大活躍した騎士とかそんなんだろう。

 動きからしてできる。それに魔力量もなかなかだ。

 騎士だとしてもこんな性格の悪い奴に教員なんてやらすのか?

 随分と人手不足なんだな魔法学園は。


「残念だがこいつは渡せねぇんだよ。仕事なんでな」


 まぁ当然だろう。

 このくらいの返答を予想していた。

 ならばやるべきことは一つ。


「そうか。じゃあ――死ね」


 俺は刺青の男の話の途中でレーヴァテインを引き抜き切りかかる。

 不意をついたつもりだったがあっさりと鎌で防がれた。

 なるほど、こいつの獲物は鎌か。まるで死神だな。


「なんだてめぇ。さてはお前、学園首席とか言って調子に乗ってやがんのか?自分より強い人間と戦ってことねぇだろ。ケハッ」


 自分より下の者を心底見下して舐め腐っている。そんな態度だ。

 全く、先生なのにそんな態度取ってたら生徒に嫌われるだろうに。

 おそらくまだ研修生とかで性格が問題なせいで正式な教員になれていないんだな。可哀そうに。

 一旦様子を見るために俺は距離を取る。


「ヴェルナー、寄せ」

「仕事の邪魔になる奴はどうするべきか事前に決まってんだろ。分かったら黙ってろジジイ」


 俺と戦う気満々の刺青の男に対してミゲイリ先生が静止する。

 そりゃ生徒とやり合うなんて止めるに決まってるよな。

 まぁどのみちここにいる教師どもは全員殺すんだが。

 とりあえずこの口の悪い研修生(仮)の刺青の男から殺すか。


 すると今度は刺青の男の方からこちらに切りかかってくる。

 速い。10歩分は間合いがあったというのに一瞬で近くまで移動し俺の首を的確に狙ってきた。

 レーヴァテインで難なく防いだが並みの剣士じゃ今の一瞬で首を飛ばされていただろう。


「ほぉ?今のを防ぐとはやるな。雑魚にしてはだが」


 鎌の猛攻をレーヴァテインで受け続ける。

 首、脇腹、足と寸分たがわず狙ってくる。

 なかなか攻撃が当たらないことが腹立たしいのか様子見のために刺青の男は距離を取った。


 刺青の男は次の瞬間目の前から消え、俺の真後ろへと回り込む。

 体を真っ二つにするはずの鎌による横振りを姿勢を下げ紙一重でかわす。立て続けに左斜め上から鎌が振り下ろされるが地面を蹴り距離を取り回避する。

 距離を取ったのもつかの間再び距離を詰められ鎌を振り下ろされる。

 今度はレーヴァティンでそれを受け止めると重々しく禍々しい金属音が地下空間に響き渡る。

 刺青の男は再び距離を取る。


「俺様にはやるべきことがあるのでな。ここで始末させてもらう」

「なんだてめぇ、俺らを殺すだ?英雄にでもなったつもりか?」

「……なんと言った?」


 俺は15歩ほど距離があった間合いを一瞬で詰めレーヴァテインを刺青の男に振り下ろすも鎌で防がれ、先ほどよりも大きな金属音が地下室全体に響き渡る。

 俺の攻撃の重苦しさに刺青の男は顔を引きつらせていた。


「なんだこいつ……急に攻撃が……っ!」


 俺はその隙を見逃さず右手で火球を発動し刺青の男の脇腹に当てる。

 不可避の攻撃のはずが刺青の男は咄嗟に横に体をひねり威力を軽減した。


「俺様を、英雄だと?いいかよく聞くがよい」


「俺様は世界最悪の大虐殺魔王となる、スルト様だ」


 俺は剣を斜めに二回振り下ろしまっすぐ刺青の男に向けて構え、そう宣言した。


「……は?」


 俺の魔王宣言に対して刺青の男はそれを聞き、口を開けてぽかんとしていた。

 

「魔王?何寝ぼけたこと言ってんだ」


 分かるまい。貴様のような凡人にはこの俺の崇高なる野望が。

 後ろで戦いを見ていたカイン先生も同じように困惑していたが、横で立っていたミゲイリ先生だけは険しい顔をしていた。

 唯一俺の実力に気づいたとかそんなとこだろう。間違いない。


「魔王だと?」

「師匠、どうかされました?」

「魔王、あの剣……」


「狂人の妄想聞いてやるほど暇じゃねぇんだよ!」


《魔力付与!!》


 刺青の男がそう唱えると鎌が紫色の光に包まれる。

 魔力付与……エンチャント系か。

 しかもなかなかの練度。並みの剣なら防いだだけで剣ごと体を切断されるだろう。


「武器ごと砕いてやらァ!」


 刺青の男は大きく踏み込みこちらに向けて真っ直ぐ向かってくる。

 鎌を大きく振りかぶり、おそらくこの一撃で勝負を終わらせる気だろう。


 だが――

 俺はそんな渾身の一撃すらレーヴァテインで難なく受け止める。

 周囲に突風のごとき衝撃波が地下室の中を駆け巡る。


「な……魔力付与した攻撃だぞ……どうして折れねぇ……!」


 動揺の隙を見逃さず、俺は左手から不定形な暗黒の魔力を展開し刺青の男の体に巻き付け拘束する。

 闇魔法は見たことがないのか、刺青の男は明らかに未知の物を見る恐怖が表情に現れていた。


「な、なんだこいつは!?」

「さっきの話の続きだが、よく聞いておけ自己中野郎」


 俺はそのままレーヴァテインを背中に仕舞いを刺青の男の顔を思いっきり殴りつける。

 もちろん一発にとどまらず二発、三発と力に任せた憎しみと恨みで構成された技術の欠片もない殴打を食らわせ続ける。


「他人を虐げても許されるのは、この世で魔王たる俺様だけだ!だからお前らみたいな奴は大人しく虐げられておくんだな!!」

「ど、どっちが自己中だてめぇえええ!!」


 たまらず刺青の男は炎魔法を放ち俺の足元で爆散させる。

 あんな攻撃に当たりはしないが力が弱まり拘束からの脱出を許してしまった。


「て、てめぇ……殺す!テメェだけは無残に殺してやる!」


 まだ俺との力の差に気づいていないのか。呆れたな。こうなったら仕方ない。

 俺は懐から暗器を取り出す。


「……なんだ。なんのつもりだ」

「貴様は今からこの果物ナイフだけで終わらせてやる」

「舐めてんのか……?」

「貴様に本当の魔力付与というものを教えてやる」


 俺は果物ナイフに魔力を込める。これは奴がさっき使っていたようなちゃちな魔力じゃない。その上普通の魔力じゃない。一切の光を感じない暗黒の魔力を果物ナイフの刃全体に濃縮させ込め続ける。やがて刃が暗黒に輝く。


《魔力付与》


 俺はナイフの剣先を刺青の方に向け挑発をした。


「いつでもいいぞ。先手は譲ってやろう」

「舐めんてんじゃねぇぞゴラァアアア!!」


 怒り狂った刺青の男がこちらに向けて脳筋な突進をしてくる。


 力に任せた一撃でさきほどと何も変わらない。振るタイミングも何もかも簡単に見切れる。さっき受けきられたのは俺の剣の強度のおかげとでも思っているのだろう。     

 だが――


 グオォン


「は……?」


 今度は先ほどとは違い剣を打ち合った音とは全く異なる音が響き渡る。

 まるでゴム質の壁をハンマーで殴って衝撃が全て吸収されたような、そんな音だ。


 刺青の男は納得ができていないようで何度も何度も鎌を振り下ろすが結果は同じ。

 俺の真っ黒な魔力で覆われた果物ナイフはことごとく鎌による攻撃を吸収し続ける。


「なんなんだ……なんなんだてめぇはぁああ!!」

「ようやく理解したか。力の差に」


 このくらいが頃合いか。あまり時間もかけていられない。

 俺は終わらせることにした。

 隙だらけの腹を思いっきり蹴り飛ばし、相手の体を壁に激突させた。


「がはっ……!」

「遊ぶのも飽きたところだ。死ね」

「何者だてめぇ……そんな付与魔法見たことがねぇぞ……!!」

「まさか本気で俺様が英雄だとでも思ったか?

 俺様は悪である。故に正しきことに従う必要などない」


 果物ナイフの刃先を刺青の男に向けた瞬間、ミゲイリ先生が俺の首すれすれに暗器を投げてきた。


「そのくらいにしてもらおう」


 ミゲイリ先生とカイン先生は武器を構え臨戦態勢を整えている。

 今までの戦いは遊びにすぎない。

 これから真の戦いが始まると、そう直感で悟った。

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