14話 丁寧口調でしかしゃべらない人って実は優しいかめっちゃ腹黒いかのどっちか

 午後の剣術の授業が終わり予鈴が鳴る。

 この後は自由時間になっている。

 教室に残ってクラスメイト同士で談笑するものもいれば模擬戦場で自己研鑽に励むものたちもいるし、さっさと学生寮に戻って寝る奴もいる。

 俺とメアはと言うと再び学生食堂に訪れていた。

 メアがデザートを食べに行きたいというので仕方なくここに来たのだ。


 俺とメアは食堂に看板に書かれているメニューを眺める。

 こうしてみるとデザートも色々あるんだな。

 はちみつクッキーに、木の実ケーキ。

 ――ってさりげなくうちの村で栽培してるブードをつかったデザートまであるぞ。この学園も販売先の一つだったのか。


「私この季節の木の実をふんだんに使ったっていうケーキがいいなぁ」

「じゃあそれにするか。失礼、この木の実ケーキを二つ……」


 食堂にいる人そう言いかけて顔をあげると、よくよく見るとエイルが食堂の中で皿洗いの仕事をしているのが見えた。


「な、なんで貴方たちが……」

「それはこっちのセリフだ。なんで働いてなんかいるんだ」

「……学費が必要なのよ」

「学費?」

「貴方には関係ないでしょ」


 これまで以上にこちらに対して嫌悪感の強い態度を取るエイル。

 俺は無意識のうちに触れてはいけない話題に触れているのだろうか。

 あまり詮索しない方がいいのだろうか。しかし気になる。

 俺がぽかんと頭の上に疑問符を浮かべているとその様子を見たエイルの堪忍袋の緒がついに切れたらしく食堂のカウンターをばぁんと叩き叫んだ。


「貴方が筆記の一位取ったせいで学費の免除を受けられなかったのよ!!」

「え、学費の免除?」

「……まさか、知らないの?貴方……このっ!」

「待て待て、皿に罪は無い、割るな割るな」

「分かってるわよ。この皿一枚で私の学費の分のうちの何割が払えるか……」


 皿を両手で握りしめながらわなわなと震えたあと、エイルは深呼吸して心を落ち着かせるともう一度こちらを向いて話し始めた。


「そういうわけだから、私は貴方のことは好きになれない。もう話しかけないで」


 そう言ってエイルは俺のことをいないものとして扱い始め、皿洗いの仕事を再開した。


「なぁメア、学費の援助とはどういうことだ?」

「入学試験で主席になった人は学費が免除されるらしいよ」


 あー、なるほど。そういうことかー…………

 それは、まぁうん、嫌にもなるよなー。


 俺は自分が相手に対して嫌われる理由を持っているにも拘わらずそのことを全く気付かないまま一方的に話しかけ続けていたということになる。

 魔王と言えど無自覚に相手が傷つく行動をするのは許されない。

 (意図的に相手を傷つけるのは魔王趣向的には許される)

 何故なら魔王たるもの自身が犯した悪事は一つ一つ脳内に刻み込み、復讐者が目の前に現れた時に復讐者の想い人をどうやって殺したか、どういう悲鳴を上げて死んだのかを説明できなければならないからだ。

 だからこそ「え、俺そんな悪いことしたっけ」は魔王趣向的に許されないのだ。


 俺は大人しく席へと向かい座る。

目の前でメアはおいしそうにケーキを頬張っているが俺は正直あまり味を感じなかった。

 その様子を見ていたメアが心配そうに声をかけてくる。


「大丈夫?スルト?」

「いや、無自覚最強も辛いなって話さ」

「さっきのこと?でもスルトが悪いわけじゃないんじゃ? エイルちゃんからしたら複雑な気持ちなんだろうけど」

「でも俺に原因があるのは事実だしなー……」


 ……って、なんで俺はこんなことで悩んでるんだ。

 魔王になるべき男が他人のことでここまで悩んでどうする。

 俺もまだまだ心の方が精進が足りないと言える。

 なによりあいつは俺の配下とするには実力が足りなさすぎる。

 気にする必要など何一つないじゃないか。精進が必要だな。


「学校来て初めての知り合いと上手く仲良くなれなかったのが悲しい気持ちは分かるけど、気にしすぎない方がいいと思うよ」

「は?いや、別にそんな理由で気にしとらんし」


 メアは普段はのほほんとしている割にこういう俺の人間的な部分に関してはすぐ見透かしてくるのやめてほしい。

 俺の魔王としての心が揺らいでしまうじゃないか。まだまだ精進が必要ということが。

 精進が、精進が――

 ――しばらくの間、俺の頭の中に「精進」という二文字がぐるぐると回り続けたのだった。




<エイル視点>


 食堂での皿洗いのバイトを終えた私は学園長室に向かっていた。

 学園長に呼び出された。

 ……理由は、考えるまでもない。

 心当たりは一つしかない。


 私は億劫になりながらもノックをして学園長室へと入る。


「どうぞ」


 学園長は学園長室の奥の豪華な作業椅子に座っていた。


「私が呼び出した理由は分かっていますね」

「……はい」

「エイルさん。貴方は学費をいつになったら払ってくださるんです?」

「で、でも、来月まで待ってくれるって……!」


 家がどれだけ頼んでも一枚もお金を出してくれなかったのだから学費は自分でどうにかするしかなかった。

 唯一可能性のある筆記試験で首席になれば学費を免除してもらえるはずだったのだがスルトに一位を取られてしまった。

 だから自分で稼ぐしかなかった。

 しかし当然私一人で働いたところで金額はたかが知れている。

 多少私の見積もりが甘かったこともあるかもしれないがそれでもなんとかしようと頑張っていたのに……


「来月まで待ったところで、払える目途が立っているのですか?このままだと貴方は除籍ということになってしまうんですがね」

「……っ!!」


 私は生まれつき体が弱く剣術が扱えない。

 そのせいで落ちこぼれだと蔑まれ続けた。

 しかし、魔力量が絶大だという唯一の特性がある。

 私が魔法学園に入学して魔法を覚えれば私を落ちこぼれと言って排除したあの家を見返せる。一人で生きていけるようになる。

 そう思ってなんとかここまで来れたのに。


「どうしても払えそうにありませんか?」

「も、もう少し待ってくれれば……」

「仮に遅れて払えたとして、次の半年の学費は払える見込みはあるのですか?」

「そ、それは……」


 この半年の学費の時点で支払いが遅れているのだから次の半年の学費も予定通りに払えるとは限らないしもっとさらに遅れてしまうかもしれない。

 そんなことを許容していたら同じように学費を払わなくなる学生も現れるかもしれない。学園長の言いたいところはそんなところだろう。


「唯一の方法として、わが校で学費を援助する方法もあるのですが……」

「……え?」


 学園長の口からふと出たその言葉。

 藁にも縋る思いで私はその言葉にくいついた。


「貴方にしかできないであろう仕事を引き受けていただきたいんですよ。しかしこれは危険を伴う仕事です。ですので強制はしませんが……」

「そ、その仕事っていうのはなんなんですか!?」

「これは極秘情報です。話を聞いてしまったが最後断ることはできませんがそれでも聞きますか?」


 しかし私の考えはもう決まっている。

 両親の反対を押し切って魔法学園に入学した。

 ここに通えなくなってしまえばもはやどこにも居場所なんかない。

 チャンスがあるなら、やるしかない。

 だってそうでもしないと……私にはずっと価値がないままになってしまう。


「やります、最後まで責任をもって……だから、聞かせてください!」

「……分かりました」


 学園長は静かに語り始めた。


「この学園の地下には禁忌の魔導書というものが存在するのです」

「禁忌の魔導書……?」


 そんなこと聞いたこともない。

 極秘情報というだけあって長い間秘匿されてきたものなのだろう。


「現在、ロキシスと呼ばれる謎の組織が我が学園を狙っているのです。目的は当然その禁忌の魔導書。貴方にはその組織の調査をしてほしいのです」

「調査……ですか?」

「はい。実は内部までその組織が潜り込んできているという話があります。実際にそれが本当なのかどうかを調べてほしいのです」


 そんな組織が……

 確かにこれが機密情報なのは理解できる。

 こんなことが学園内で漏れたら生徒どころか先生たちの間でも動揺が広がってしまう。

 しかし、どうして私なんだろうか。


「さきほど私にしかできないことだとおっしゃいましたが、それはどうしてですか?」

「魔導書は強い魔力を放っており同じく強い魔力を持っている者でないて近寄ることもできないのです。貴方は生徒の中でも強い魔力の持ち主だと聞きました。」

「しかし、魔力の高い人なら先生の中にもいるのでは?」

「我が学園の大切な財産である教員たちにそんな危険を冒させるわけにはいきませんので」

「なっ……」


 すなわち、私は学園の大事な財産の中には入っていないらしい。

 それはそうだ。

 学費も払わず、魔法もろくに使いこなせない。

 だが、本人を目の前にしてそんなことを言うなんて。

 気に入らない。気に入らないけど……


「分かり……ました……」

「吉報をお待ちしていますよ」


 私はうなずくしかなかった。


****


「何が……禁忌の魔導書よ……!」


 私は学園の模擬戦場で一人、的に向かって魔法を放っていた。

 私は嫌なことがあるといつもここに来ることにしている。

 この時間帯なら滅多に人も来ることはない。

 不満の捌け口としては理想の場所だ。


 私の中の魔力を魔法に込め壁に向かって打ち出す。

 凄まじい轟音が鳴り響く。

 肩で息をしながら何度も魔法を放つ。

 それでも私の魔力は底を尽きる気配がない。

 頭の中で何度も何度も同じことがぐるぐると回る。

 何で私はこうも駄目なんだ。落ちこぼれなんだ。

 どいつもこいつも見返してやりたい。

 あんな家、こんな学園……!


「皆……皆死んじゃえば良いのよ……!こんな学園……滅びれば……!!」


 そんなことを吐き出してしまう自分が一番嫌いだった。

 あまりにも自分勝手で、浅ましく、みじめな発言だ。

 この場には誰もいないというのに私の心は後悔と自己嫌悪で満ちてしまう。

 そろそろ寮に戻ろうか――そう考えた時だった。


「どうした?そんなに苦しんで」


 後ろから突然声が聞こえた。

 後ろを振り返ると制服を着た男子生徒が壁に寄りかかっていた。

 私が驚いているとその人物はゆっくりと壁から離れこちらに歩いてくる。

 暗がりで見えなかった顔が少しずつ鮮明になる。


「あ、貴方は……」


 ――後ろに立っていたのはスルトだった。

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