13話 剣術の試合ときたら相手をボコボコにするしかない
昼食を終えると俺たちのクラスは模擬戦場に向かった。
模擬戦場を見渡した印象は前世で言うところの体育館みたいな感じだな。といっても違うところはたくさんあるが。
壁に模擬戦用の模造剣や木剣が置かれていたり、壁は魔力を吸収する素材と金属を組み合わせて作られており、やわな魔法じゃ傷一つつかないようになっていたり、それ以外にも魔法のや剣術の練習のための人形が10個ほど並んでいる。
クラスの全員が集まり、授業の始まりを知らせる学園の鐘が鳴るとアマンダ先生が生徒たちの前に立った。
「本日は剣での模擬戦を行います」
これは楽しみだ。俺の実力をこれでもかと知らしめてやるチャンスだ。
ここで魔王としての力を見せつけ「スルト様凄い!」となり「ぜひ配下にしてください!」とクラス中の生徒に言わせてみせる。
そう思って手を上げようとしたのだが、その直前で俺よりコンマ1秒先に名乗りでた男がいた。
「先生、俺がやります」
なんだあいつ、見たことないな。誰だ?
ふと横を見るとエイルが苦い顔をしていた。
もしかしてあいつが苦手なのだろうか。
「どうした、あいつのことが嫌いなのか?」
俺がそう言うとエイルは「そんなことも知らないのか」という呆れた顔をしてため息をする。
だって仕方ないじゃん。つい先日この学園に来たばかりなんだから生徒の顔と名前が一致してるわけないじゃんか。
「あいつはシーウェル家の長男のグレン。
剣の実力は確かだけど凄く傲慢で態度が悪い。特に模擬戦で自分より位が下の貴族相手に容赦なく戦っては圧勝して愉悦に浸るような奴。
はっきり言って下衆よ」
悪態をつきながらもエイルは説明してくれた。思ってたより優しい奴なのかもしれない。
それにしてもそんなに悪い奴なのか。ひょっとしたらこの世界で魔王となるための参考にできるかもしれないな。
そんなことを考えていると先生は少し慌てながらも対戦相手を探し始めた。
「じゃ、じゃあグレン君と戦いたい人は……」
「おいそこのお前」
グレンはメアのことを指さした。
まさかとは思ったがどうやらメアを相手に戦うつもりらしい。
真剣勝負でわざわざいたいけな少女を指名するとはプライドというものはないのだろうか。
「お前、剣術試験で首席だったらしいじゃないか。女のくせに。どうせ何か卑怯な手段でも使ったんだろ。俺が化けの皮を剥がしてやる」
「そうだそうだ!」
「女のくせに!」
なんて失礼な奴らだ。
初対面でメアのことを知りもしないくせに。
アマンダ先生は戸惑いつつもグレンにはあまり意見ができないようで二人の間に立って審判を始める。
「そ、それでは、はじめ!」
始まりの合図とともにグレンは足を大きく踏み込んでメアに攻撃を仕掛けた。
あまりに咄嗟のことだったがメアはなんとか剣でガードし、剣と剣がぶつかりあう音が響き渡る。
しかし立て続きに連続で剣を振り攻撃を仕掛けてくるグレン。
不意打ちとはいえメアを追い詰めるとは剣術の腕はなかなかのものだ。
俺とは遊び程度の打ち合いばかりだったこともあり一方的に攻められる立ち合いは無かったからかメアはなんとか攻撃を防ぐのが精一杯のようだった。
「おらおらどうしたぁ!?その程度かぁ!?」
「うっ……!」
次の瞬間、グレンはメアの脛を足で思いっきり蹴りつけた。
念のため言っておくがこの勝負はあくまで模擬戦であって剣以外での攻撃は許されていない。普通に反則負けになるはずなんだが、よりによって審判のアマンダ先生に見えないようにやってやがる。
半ば呆れているとメアからプッチン、という何かが切れる音がした。
そしてメアの右眼が月光に照らされし
まずい。これは、本当にまずい。語彙力が無くて申し訳ないがまずいぞこれは。
「はっ……?」
それと同時にメアはさっきまで防戦一方だったのが急に攻撃的な戦法を取り始める。
剣を構えると力強く剣を振り、風を切る音が響く。グレンはぎりぎりのところで後ろに飛び交わすが立て続けにメアの斬撃が飛んでくる。
グレンの反撃を食らうことさえ恐れず前へと踏み込んでいき次々と剣の連続を出す。
それどころかさっきまで相手の攻撃を剣で防いでいたのに全ての攻撃を紙一重で回避し続けている。まるで忍者のような動きだ。
「なんだこいつ……急に速度が上がって……?」
メアは普段はのほほんとしてどこか抜けてる感じを醸し出しているが一つ問題がある。
それは強い衝撃を受けるなどのきっかけでスイッチが入ると目の色が変わって人格も変わるということだ。
ただでさえ剣術の天才だというのに目にも止めらぬ速さになり更に力も格段に上がる。
本人曰く人が変わった時のことはほとんど覚えていないらしい。
俺はこの状態のことをナイトメアと呼んでいる。
オッドアイなことも含めて正直かなりかっこいいので羨ましかったりもする。
正直常にこの状態でいてくれたら俺の側近として申し分がないのだがな。
魔眼が真の覚醒でもしてくれればいいんだが。いやまぁ、真の覚醒とかそんな概念があるかどうかは知らないけど。
メアが良い奴なのにも関わらず、俺が魔王の側近として目をつけているのはこの眼の存在が大きい。俺が指令を下した瞬間目の色が変わり目の前にいる敵の集団を瞬殺とか考えただけで心が躍るというものだ。
「ぐはっ!?」
メアは瞬く間に相手の腕、足、腹を模造剣でぼこぼこに殴りつけ続ける。
本来はこの勝負はポイント制なので一定回数攻撃したら勝負は終了なのだが……
「メアさん!もう勝負はついています!もうそのくらいで……」
アマンダ先生が静止するがメアは止まらない。
恐ろしい目つきで笑いながら相手を永遠とボコボコに殴り続けている。
さっきまでグレンに同調してやいのやいの言っていた取り巻きたちもドン引きしている。
「もう……やめ……」
グレンも涙目になり始めている。
元々の原因を作ったのはあいつとはいえ流石に可哀そうだ。
俺はメアの元に急いで駆け寄りぽん、と優しく肩を叩く。
「メア、その辺にしておけ」
「……あれ?スルト……?」
俺が肩を掴んだ瞬間メアの瞳がいつもの色に戻る。
そう、この状態になったメアの暴走を止められるのは今のところ俺しかいない。
子供のころ同じように暴走したことがあったが俺が止めてやったのだ。
なんで俺しか止められないのかは分からないがおそらく俺が魔王となる素質をもった人間だからだろう。間違いない。
グレンはそのまま泣きながらその場に崩れ落ちた。
あまりにも哀れな奴だ。悪役の参考にさせてもらおうと思ったが悪役に徹するにしてもここまでの小物にはなりたくないものだ。
反面教師にさせてもらうとしよう。
「しょ、勝者メア!」
先生が勝者を叫ぶと同時にグレンの奴は担架で医務室まで運ばれていった。
あの様子だと命に別状はないだろうし回復魔法を使えば全快まで一週間もかからないだろう。
もし死んだりされたら面倒だしな。
「苛烈ながらも美しい剣術を見ただろう。これがメアの実力だ。男とか女とかそんな枠組みでしか他人を見れないような奴らに勝てるわけないだろう。悔しかったら正面から堂々とメアのことを倒してみろ」
さっきまでグレンに同調していた連中はどいつも苦虫を噛み潰したような顔をしてぐぬぬ、って感じの声を出していた。
勝てないのも当然だ。何故なら今だに俺もメアに剣術で勝てていないのだからな!メアに最初に勝つのは俺でなくては。それまでメアに負けてもらっては困る。
「次はじゃあ、丁度前に出てますし、スルト君と……エイルさんお願いできますか?」
先生が次に指名したのは俺とエイルだった。
これは番狂わせだ。まさか俺の相手がよりによってエイルとはな。
エイルはなぜ私なのかという顔をして先生に抗議した。
「先生、どうして私が彼と剣術を競わないといけないんですか」
特に意識せずにエイルを指名したところを見ると先生はどうやらエイルが落ちこぼれと呼ばれている話を知らないのだろうか。それともただの天然か。
「で、でもどのみち全員やることになりますし……」
少し気圧されて目を泳がせながらも先生はそう言う。
エイルは俺を一瞥してため息をした後仕方ない、と割り切るような顔をした。
「……分かりました」
俺とエイルは互いに向かい合う。
エイルは不安そうな表情をしながらも剣をこちらに向けて構える。
1秒が何時間にも感じられる立ち合いの中―-とかかっこよく言いたいところだがこころなしか震えてるようにも見える。気のせいか?
「それでは、はじめ!」
アマンダ先生がそう叫ぶと同時にエイルはこちらに向かって勢いよく踏み出し剣を薙ぎ払う。
俺はそれを難なく剣で受け止める。
模造剣同士のぶつかる音が響き渡る。
何度も剣を打ち合いながらエイルの動きを観察する。
正直に言うと、動きが全体的にぎこちない印象を受ける。
剣術の動き自体はしっかりしているのだが動きも反応も遅い。
なんというか頭の中のイメージに体がついていっていない。そんな感じだ。
剣術一家に生まれてこの程度ならば確かに落ちこぼれと言われても仕方がないのかもしれない。
(このくらいが潮時か)
流石に真剣勝負で手加減するほど俺は甘ったれじゃない。
俺は剣を大きく横に薙ぎ払いエイルの剣を空へと飛ばした。
飛ばされた剣を空中で回転しそのまま地面に突き刺さる。
「勝者、スルト!」
先生が手を上にあげてそう宣言する。
エイルは苦虫を噛み潰したような顔をして俺と目を合わせようとしない。
「彼女が戦えないっていうのは本当だったのね」
「剣術一家に生まれたくせに剣の一つも扱えないなんてな」
そんな陰口があちこちから聞こえてくる。
陰口を言うとは小さい奴らだ。男らしく陰口は本人の目の前で言ってやればいいものを。
エイルは表情を曇らせたまま小さな声で卑下の言葉を吐き出した。
「これで分かったでしょう。私がどうして落ちこぼれか」
確かに。この程度の動きじゃ俺の側近になんてなれやしないだろう。
欲を言えば通常時のメアくらいの腕は欲しいと思っている。
剣の腕だけで言えばクラスでも最低レベルだろう。
そう思っているとエイルは模造剣を壁に立てかけて模擬戦場を去ろうとする。
「おい、どこに行くんだ」
「用事があるの」
「この後の授業はどうするんだ」
「先生から許可はもらってるわ」
なんだ用事って。
魔導士や騎士を目指す学園生にとって授業よりも大事な用事があるというのか。
まさか堂々とサボりか?
待てよ、俺も魔王となるなら授業をふけるくらいやった方がいいんじゃないだろうか。
「スルト君―?どこに行こうと言うんです?」
そう思っていたがアマンダ先生に腕を掴まれた。
くそっ、なんて力だ。全く振りほどけそうにない。
「俺にはやらねばならないことが……!」
「午前の授業、随分と気持ちよさそうに眠りこけていましたね。午後くらいは先生真面目に受けてほしいなー?」
「うぐっ……」
俺の心を見透かすとはやるなこいつ……
自身の行おうとしている悪事を見抜かれることなど魔王にあってはならない。
まだまだ精進が足りないということか。
諦めて授業に参加することに決め、大人しく待っているとメアが話しかけてきた。
「ねぇ、スルト……」
「ん?」
「その、さっきはありがとね」
さっき?あぁ、ナイトメア状態から元の状態に戻したことを言っているのか。
あの程度感謝されるほどのことじゃない。
労力で言えばただ肩に手を置いただけだし。
「あのくらい造作もない。気にするな」
「それもそうなんだけど……私の剣を褒めてくれたこと……」
少し頬を赤らめてメアは消え入りそうな声で呟く。
あの剣を見て褒めない人間は余程の自信家か劣等感の持ち主だろう。
というか俺は子供のころからメアの剣術を見ていてよく知ってるしな。
「俺はメアの剣に惚れているのさ。ただそれだけのことにすぎない」
「惚れている……惚れてる、か。えへへ……ありがとう」
実際あのかっこいい目の力にしても剣術にしても正直才能が羨ましすぎる。
くそっ、転生時の特典で剣術の才能もつけろって言っておけば良かったか。
別にいいし!メアが技と速度の剣術なら俺は力と馬力と破壊力の剣術にするし!
「……どうしたの?そんな変な顔して」
「なんでもない、メア、俺はお前に後れを取らん。いつかお前に剣の腕でも勝って見せるぞ」
「……うん、楽しみにしてるね」
メアはそう言って髪をなびかせ微笑んだ。
余程俺と戦うのが楽しみで仕方がないのだろう。間違いない。
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