5話 お手は猫じゃなくて犬だったわ

 当然周りにいるゴブリンやオーガたちも心底気に入らない顔つきで非難の声を上げていた。


『人間が俺たちのボスを従えようなどとは!!』

『待て!その目的は!?』


 オーガの戦士オルガスはゴブリンとオーガたちを静まらせ俺の言葉の真意を問いかける。


『貴様はその果てに何を目指そうと言うのだ?』

『聞きたくば聞かせてやろう。目指すのはこの世の頂点たる王。すなわち、魔王だ』

『な、なん……だと!?本気なのか……!?人が自ら魔王を目指すなど……』

『いたって本気だ』


『に、人間が魔王を名乗るだと!?』

『馬鹿なのか!?あいつは……!』


 笑いたくば好きに笑うが良い。

 たとえどんな偉業も達成するまではただの妄言にすぎない。

 しかし笑った者は遠くない未来後悔することとなるだろう。


『ふざけるな!お前など先代魔王様の足元にも及ばん!』


 先代の魔王様は随分と慕われていたようだな。

 だが負けた。それは紛れまない事実だ。

 俺は英雄を殺し、先代魔王とやらを越える。


『俺は英雄に敗れた先代魔王というものは知らぬが、一つだけ分かる。先代魔王には一つ致命的な失敗があったとな』

『魔王様を馬鹿にするな!!』


 オーガとゴブリンたちと話していたというのに話に割って入ってきた者がいた。

 この声……もしかして女?

 声のした方向へ視線を向けると紫色の猫耳と尻尾が生えた人間がいた。あれは、獣人族というやつだろうか。

 顔を見てみると怒りに満ちた表情で歯を食いしばりながらこちらを睨みつけていた。


『貴様に……魔王様の何が分かると言うのだ……!!』

『よせ!』

『うがぁあああああ!!!』


 猫獣人はオルガスが静止したというのにこちらに一直線に爪をつかい切りかかってきた。

 速い。遅いオーガに慣れていたせいで避けるのが少し遅れ、頬に軽い切り傷がついてしまった。

 オルガスが力に特化しているというのなら、こいつは速度に特化している。

 避けたのもつかの間向かい側にある木の幹を蹴り、再びこちらに向かって今度は左腕の拳で殴ってくる。それも首を傾け軽く躱す。

 だが速度に力をのせているだけで脳筋なのは変わらない。

 速度と技を両立しているメアの剣の動きの方が美しく感じる。やはり所詮は獣か。

 猫獣人は避けられ続けているのが気に食わなくなったのか次第に怒りが増していくのが分かる。


『クソッ!これなら……!!』

《雷拳!!》


 動きを止めたかと思うと猫獣人は両腕に魔力を込め始めた。

 何だ、まさか魔物なのに魔法が使えるのか?


『四属性の域から外れた特殊な魔法が使えるのが自分だけだと思わないことだ!』


 両手にバチバチとした音が響き渡るのが聞こえる。

 あれは、まさか電撃か?

 おいおいおい、属性って四属性だけじゃなかったのかよ。


『お前ごときが魔王様と同じ闇魔法を使うなぁあああ!!』


 そういえば俺も闇魔法と光魔法使えるから人のこと言えなかったな。

 猫獣人は電撃の力を身にまとったことで更に速度を増す。

 一度でも当たれば痺れて動きが止まり次の攻撃を避けるのが非常に難しくなるだろう。

 しかし動きはワンパターンだし脳筋だ。避けるのは容易い。

 攻撃をよけ続けるごとにどんどん殺意が増していくのが感じる。


『殺してやる!殺す!お前も、魔王様を殺した英雄も!私たちをこんなところに追いやった人間たちも!どいつもこいつも殺して引き裂いてやるぅううう!!』

『いい殺意を持っている』


 首を狙った最高速度の渾身の一撃を華麗にかわし、俺は猫獣人の腹に膝蹴りをかました。


『がっはぁ……!?』

『愚かな。自身と相手の力量の差にも気づかぬとは』

『ぐぅううう!!』


 挑発されたことでさらに怒りを増した猫獣人は後ろに飛び闇夜に紛れる。

 ――気配が完全に消えた?姿もどこにもない。

 まさか透明化魔法?そんな魔法があるのか?

 ――いや、限りなく隠してはいるがある場所から気配がする。

 俺の――影だ。


 焚火に照らされできた俺の背後にある自分の影のある方向へ振り向く。

 しかしそれよりもかすかに早く獣人の少女は俺の影から飛び出し俺の首を狙う。

 瞬きをするのにかかる時間よりも更に短い刹那、俺は猫獣人が勝利を確信した笑みを浮かべているのが見えた。

 ――だが。避けるだけが戦いじゃないんだよ。

 俺は今度は左手から暗黒の魔力を形成して円盤状に広げ獣人の爪を防いだ。


『なっ……!どうして今のが防げっ……』


 その動揺の隙を俺が見逃すはずもなく、俺は猫獣人の首根っこを掴みそのまま地面に叩きつける。


「お手ぇええええ!!」


 あまりの衝撃にそのまま猫獣人は地面に突っ伏した状態で気絶する。

 ――なんか反射的にやっちゃったけど冷静に考えたら魔王っぽくないわこれ。

 ちょっと焦りが入っちゃったな。

 精進が必要だな。


『どうして……どうしてお前が……!!』


 なんだ、気絶していたわけじゃなったのか。案外丈夫だな。

 だがだからこそ配下としては見込みがあるというものだ。

 殺意、人間への復讐心、戦闘力、素質。どれをとっても申し分ない。

 しかし脳筋過ぎるのは玉に瑕だな。そこは俺が矯正していけばいい。


『どうして……お前の影の中は……魔王様と同じ、で……心地いいんだ……』


 最後によく分からない言葉を吐いて猫獣人は今度こそ意識を失った。

 猫獣人の方に視線をやるとあろうことか泣いていた。

 ――負けたのが相当悔しかったみたいだな。

 分かるぞ。俺もメアに剣術で負けた時はかなり悔しくて三日三晩籠って修行したものだ。

 猫獣人との勝負を終えた俺のところにさっきのオーガの戦士オルガスが近寄ってくる。


『お前……いや、失礼、まだ名を聞いていなかったな』

『俺は、……俺様は、スルトだ』

『スルト殿か。貴殿の実力はよく分かった。こちらは決闘を挑まれて負けた身だ。大人しく配下となろう』


 驚いたな。思いのほか理解が早い。

 ゴブリン、オーガなんていうもんだからてっきり蛮族みたいなものだと思っていたんだがな。

 というかゴブリンにオーガに獣人って、色んな種族いすぎじゃないのか?


『そなたたちに問おう。何故ゴブリンの集落にオーガやら獣人やらがいるのだ?』

『魔物たちは魔王様が倒されて以降衰退の一途をたどっている。残党も次々人間たちに狩られ異なる種族で身を寄せ合い助け合うしかないのだ』

『世知辛いものだな』


 言われてみればゴブリンは雑魚だが数が多いと相場が決まっているというのに数が少ないな。それにどいつもこいつもやせ細っている気もする。そういうタイプの種族ってわけじゃないのか。

 これは食糧集めを手伝ってやる必要がありそうだな。

 待てよ、配下たちのためとは言え食糧を分けてやるっていうのは善行な感じがするな。

 配下どもの信頼を得るという意味では悪くないが俺の魔王趣向と反する。

 だからといって村や商人を襲って食料を集めるのは逆に優先的に人間たちに狩られるリスクが増えてしまうだろう。

 どうしたものか。


『その上、ここ最近はこの森を住処にしている盗賊たちのせいで多くの同胞がやられている』

『盗賊くらい殺せばいいだろう』

『いや、一人だけ明らかに実力が違う手練れがいる。そのせいで慎重にならざるを得ないのだ』


 このオーガにしてもあの猫獣人にしても俺には敵わないがなかなかの手練れだ。

 こいつらでも慎重にならざるを得ない相手とはどんな相手なんだろうか。


『この俺様がその盗賊どもを殺すのに手を貸してやっても良いぞ』

『なっ!それは本当か!?』

『何よりもその手練れという盗賊にも興味がある』


 今のところまだレーヴァテインを使う必要があるほどの強敵に出くわしたことがない。

 せっかくならレーヴァテインの実践もしておきたいところだ。

 オーガの戦士オルガスや猫獣人よりも強いというのなら期待ができそうだ。


 なにより魔物たちを指揮して人間たちを襲わせる練習にもなるしな。

 食料も奪い取れるし、金も手に入るし一石二鳥だ。

 正直盗賊どもを狩るのも善行っちゃ善行なんだがどの道俺は全人類の敵となるのだから一応魔王趣向に沿ってはいる。決して自分に対する言い訳とかじゃないぞ。


『動かせる者たちを集めさせろ。作戦はその時に説明する』

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