4話 魔物の言葉ってガとウの組み合わせだけで成り立つんじゃないだろうか

 毎日魔法や剣術の鍛錬をつづけ、いつしか俺は10歳になっていた。

 修行を始めてたった5年とはいえ俺の実力はかなりのものになっていると自負している。

ここまできたら自分の力を試さないとな。


 いずれ英雄との戦争を起こすために質の高い配下も必要だが数という武器も必要だ。

 そうなると魔物たちを従えるというのもいい手段だ。

 魔物たちはきっと人間たちに虐げられているからこそ逆襲の機会をずっと伺っていることだろう。それを利用してやればいい。

 問題はどうやってその魔物たちを従えるかということだが……


 頭の中で計画を練りながら森の中を散策していると葉や獣の皮や藁でできた簡素なテントのようなものがある。

ここは魔物の住処の跡か?

 何か手がかりがあるかもしれない。中に入って見てみるか。


 焚火の痕があるが状態からして大分前にこの住処は捨てられたようだな。

 何もないようだから去ろうと思っていた時、住処の端に積みあがっていた獣の骨の山の下に何か紙切れのようなものがあった。

 上にある骨をどかして紙の束を引っ張り出す。

 紙はところどころ破けて古びてはいるがなんとか内容を読み取ることができた。

 これは……どうやら言語、それも魔物の言葉を書き記したもののようだ。

 仲間同士の挨拶や号令といった簡単なものから日常生活の細かなニュアンスのものなどあらゆるものが網羅されていた。

 これを書いた人間は魔物語学者だったのだろうか?

 さっそくこれを持ち帰り研究しよう。


****


 俺は家の自室にこもると三日三晩言語を頭の中に叩きこみ始めた。


「スルトは最近部屋に籠って勉強しているみたいなのよ」

「自分から勉学に励むとは感心だ。応援してやろう」


 うちの両親は放任主義なのでこういう時は助かるものだ。

 なにせ何をしているのか詮索され俺の魔王計画が露呈しては困るからな。


「スルト、何してるの?」

「メア、勝手に部屋に入るな」

「でも私、スルトの護衛だし」


 護衛って言っても年齢変わらないだろ。

 側近候補ではあるもののまだ確定はしていないのだからプライバシーくらいは配慮してほしいものだ。魔王とはいえ見られたくない時というものもあるのだ。


「言語の勉強だ」

「どこの国?」

「さぁて、それは教えられないな」

「えー」


 メアがちょくちょく部屋に入りこんで邪魔してくるのが少々うっとおしかったがこの程度俺にとっては障害にもならん。

 というかなぜ両親は当たり前のようにメアを家の中に入れるのだろうか。

 両親同士が私生活でも親密な関係を築いているとはいえ警戒心をもう少し持った方がよいと思うんだがな。魔王の俺が言うのもなんだが。


****


 スルトが偶然見つけた資料。

 ある言語学者が魔物との対話、共存を目指し生涯に渡り命をかけて解析してきた魔物の言葉が書かれた資料であった。

 彼は学会で魔物との共存を訴えたが狂人と糾弾されまともに取り合ってくれることはなかった。

 それでも彼は必死に研究を続けついに魔物の言語の解析に成功した。

 しかしその研究をよく思わない者たちに命を狙われ最後には人間に刺され命を失った。

 この資料だけはいつか魔物と手を取り合う意思を持つ者がいると信じ誰も知らぬこの場所に隠されていた。

 それをスルトは偶然にも見つけた。――そう、偶然にも。


****


 俺が自室に籠ってから一か月が経過した頃。おおよその内容を覚えた俺はさっそく夜を待ち、以前この資料を見つけた森の更に奥へと向かっていく。


 我ながら魔王的な学習能力だ。でも大分大変だった。

 メアに紙を奪われて家中を逃げ回られた時はどうしようかと本当に焦った。

 こういう時だけ俺の教えた悪戯スキルと持ち前の速度を生かすのは本当にやめてほしい。

 三日分のおやつで手を打ち、なんとか返してもらえたのは幸いだった。


 しかし書かれている言語の内容を覚えたとはいえ、実際に会話できるとは限らない。

 これは実践練習が必要だと思いこの森に潜んでいるというゴブリンに会いに行くつもりなのだ。


 草むらをかき分ける音が向こう側から聞こえてくる。

 隠れて様子を伺う。

 明らかに人間の足音じゃない。足音からして一匹。

 ゴブリンだ。

 ゴブリンは醜悪な見た目だと聞いていたが思いのほか可愛い顔をしているな。

 バランスで言うと凶悪4割可愛い6割といったところか。

 こちらに歩いてくる。このままだと気づかれるな。ここは先手を打つとしよう。


 開発した闇属性魔法を使ってみることにした。

 右手に暗黒の魔力を込めていき、それを粘土のように不定形な形へと変化させる。

 そしてそれをロープのようにゴブリンに向けて投げつける。

 ゴブリンはうろたえていたがそれが何か気づくことも対応する暇もなく闇のロープに拘束されてしまう。

 闇は自在にその形を変える。そしてこうした暗闇なら更に力を増す。

 実験としてはなかなかいい結果だ。

 体中に闇を巻き付けられ木につるされじたばたと暴れまわっているゴブリンに俺はゆっくりと近づき、魔物の言語で話しかけた。


『俺のことが分かるか?』


 俺の言葉を聞いた瞬間、ゴブリンは驚愕していた。

 まぁそれも当然のことだろうな。魔物の言葉を話せる人間などそうはいまい。


『な、お前、人間のくせに俺たちの言葉をっ!?』


 どうやら言葉が通じたようだ。

 一か月必死に頭に詰め込んだかいがあったというものだ。


『お前たちのボスのところまで案内しろ』

『な、何故そんなことをっ!』

『行けばわかることだ』


****


『どうした、何か獲物でも持って帰ってきたか?』

『ち、違う。ボスに伝えろ。俺たちの言葉をしゃべる人間がボスに会いたがっていると』

『は?ケケケッ、お前腹の減りすぎでついに頭がおかしくなったか?』

『嘘じゃねぇ!』

『そうだ、嘘じゃないぞ』


 俺は気配も物音も立てずにゴブリンたちの目の前に近づいていた。

 ゴブリンたちは俺の顔と声を聞いて何が目の前で起こっているのか分からないという顔をしていた。


『な、まさか本当に人間が俺たちの言葉を……!?』

『一度しか言わないぞ。お前らのボスを呼んで来い』

『人間のくせに……!』


 ゴブリンのうちの二匹ほどが棍棒を持って俺に殴りかかってくる。

 まぁ当然そうなるか。見せしめとして殺してもいいがそうなると交渉が決裂する可能性も高い。ここは力の差を見せつけてやろう。

 右手に暗黒の魔力を集中させ、二つの小さな球状の物体へと変化させる。


<闇の弾丸>


 生み出した三つの闇の球は俺に襲い掛かってきたゴブリン目掛けて飛んでいき弾き飛ばす。

 飛ばされたゴブリンはそのまま地面に打ち付けられる。


『お、お前一体……!』

『騒がしいぞ有象無象ども!』


 奥から赤色の角の生えた俺の身長の二倍はあろう巨大な鬼が現れた。

 ――あれ、ゴブリンじゃなくね?


『貴様が侵入者か……俺様の縄張りに入ってくるとは、楽に死ねると思うな』

『お前がボスか?』

『何ぃ!?貴様、我々の言葉を話せるのか?それなら話が早い。いいかよく聞け。俺様はオーガの偉大なる戦士のオルガス様だ』


 なるほど、オーガね。

 オルガスと名乗ったオーガは肩に自身の身長ほどもある巨大な石斧を担いでいる。

 技もなにもなく、ただ力だけで相手を粉砕する。

 そんな本人の脳筋っぷりをそのまま表したかのような武器だ。


『死ねぇええ!!』


 オーガの戦士オルガスは肩に担いだ巨大な石斧を両腕で持ち上げ、上から力に任せ思いっきり振り下ろしてくる。

 遅い。あまりにも遅すぎる。こんなもの簡単に見切れる。

 避ければいい話だがそれでは逆上させるだけだろう。

 力の差を見せつけるのは、自身が最も得意で誰にも負けないと思い込んでいるその力が意味をなさないということを理解させなければならない。


 俺はゴブリンに向けて闇の弾丸を放った時と同じように右手に暗黒の魔力を込める。

 今度はそれを弾にして飛ばすのではなく右腕全体に留まらせそのまま纏う。


<闇の右手>


 そしてその右手で巨大な石斧をそのまま受け止めた。

 衝撃は完全には吸収できず周囲に衝撃波が走り、地面には小さなクレーターができる。

 実戦で試したのは初めてだがなかなか悪くない魔法だ。

 もう少し改良すればもっと役に立ちなおかつかっこいい技になってくれるだろう。

 今の状態だと右腕だけ黒っぽくなってるだけだからあまり見栄えもよくない。魔王っぽい感じのかっこいい運用方法を考えないとな。

 そんなことを考えながら石斧を受け止めたままで笑みを隠せずにいるとオーガの戦士オルガスは石斧を握ったまま震えていた。さぞかし屈辱的なことだろう。

 だが、どうやらオルガスが驚愕したのは俺が石斧をいとも簡単に受け止めたことではなかったらしい。


『その魔法は、ま、まさか……魔王様と同じ魔法……!?』


 ほう、先代魔王は闇魔法の使い手だったのか。

 やはり光魔法を使わなくて正解だったな。

 英雄だと思い込まれても嫌だしな。

 俺は考えておいた決め台詞を口に出す。


『闇は質量を持たない。同時に闇は全てを無に帰す』

『ま、まさしく魔王様の力と同じだ……!』


 オーガの戦士オルガスは石斧を地面に置きそのまま膝から崩れ落ちその場にうなだれてしまう。


『くっ……俺様の……負けだ……!まさか人間で魔王様と同じ力を酷使するものがいるとは……!殺すがいい!』

『俺の目的はお前たちを殺すことではない』

『では一体……!?』

『お前はなかなか見込みがある。俺の配下になれ』

『な、なにっ!?』


 オーガの戦士オルガスは俺の言葉を聞き驚愕していた。

 それはそうだろう。あろうことか人間が魔物を配下にしようというのだからな。

 だが、魔物たちはすぐに俺の発言が冗談などではなく本気の言葉であることを思い知ることになるだろう。


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