第3話

「花奈ね、ちゅるちゅるが食べたいの。ちゅるちゅるがいいの」

 しっかりと目を覚ました花奈が、ちゅるちゅるを連呼する。

「ちゅるちゅる、あるかなぁ……」

 ちゅるちゅるとは、うどんのことである。

 定食屋のメニューに、うどんはあるのだろうか?

 テーブルのそばに立つ店員を気にしながら、木乃香はメニューにうどんの三文字を探し始める。


 そんな木乃香の目に、「今日の一品」と書かれたある料理が飛び込んできた。

(うわぁ、食べてみたい)

 文字だけの料理だけれど、そそられる。

(ダメダメ。今は自分の欲望よりも花奈のちゅるちゅる)

 そう思いつつページを捲ったが、

「ごめんね、花奈ちゃん。ここのお店はおうどん屋さんじゃないから、ちゅるちゅるはないみたいで――」

「あぁ、うどんのことでしたか。よろしければ、作りますよ」

 店員がメモを片手に「具は鶏肉でいいですか?」と、尋ねてくる。

「え? いいんですか? でも、店長さんにもお聞きしたほうが?」

「俺が、店長兼厨房担当なので」

「そうなんですね! ありがとうございます!」

 店員改め、店長がこくりと頷く。

「うどんですが、お子さんが食べられる少なめの量にしますか? それとも多めにして、お二人で一緒に召し上がりますか」

「そんなことまで、してくださるんですか?」

「乗りかかった船ですよ」


 ――「都会には山里ここみたいな人情はない。だから、木乃香のような世間知らずは行くものではない」


 高校を卒業したあとの進路を決めるとき、木乃香の養母であるおばばさまはそう言って、木乃香を引き留めた。

 木乃香にしても都会への憧れはなく、おばばさまと花奈の三人の生活は心地良かったので、反論はしなかった。

 それに、おばばさまが長年続けてきた家業も徐々に任されてきていたので、家にいる意味もあったのだ。

 だから、木乃香が卒業した途端におばばさまが倒れ、旅立ってしまったときは、花奈を抱え途方に暮れた。

 花奈のために東京に出てきたものの、内心不安だったのだ。


 けれど、思えば、山里にだっていろんな人がいた。

 優しい人は多かったけれど、どうしたって、そうじゃない人もいた。


 木乃香はそばに立つ店長を見上げた。

「では、お言葉に甘えて。この子の少なめのおうどんと――」

 そして、木乃香は先ほど見つけたメニューをおずおずと指した。 

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