第2話 疑念

 秋穂との出来事に違和感を憶えた5日後の土曜日。10月半とは俄かに信じ難いほど蒸し暑い日だった。


 午前9時からの書店でのアルバイトを終えた義村は、秋穂に「今から帰る」とだけ連絡を入れ、帰路についた。いつもはものの1分ほどで返信がくるはずだが、この日はそれがなかった。

 アルバイト先から秋穂と同棲している自宅までは自転車で15分弱の距離だが、この日は帰路を少し外れた場所にあるスーパーマーケットに寄り道したため、30分ほどで帰宅することになった。


 「ただいま。」


義村は帰宅の挨拶をしながら玄関のドアを開けた。秋穂の返事はない。キッチンにレジ袋を無造作に置き、リビングへ向かった。夕方のオレンジがかった薄暗さを纏った部屋の中、秋葉はソファの上でうなだれたように眠りこけていた。

 机の上には、飲みかけのコーヒーと開けっぱなしのスナック菓子、ペンケースから溢れて散乱した文房具。秋穂は以前から少しだらしない節がある。


 「また、散らかしたまま、、、」


義村がそう呟き、卓上の整理を始めようとした時、足元に転がっていた秋穂のスマートフォンが床に響く心地悪いバイブ音と共に眩い光を発した。


 「LINE:新着メッセージ1件」


 刹那、好奇心と疑念が義村を支配した。

秋穂と付き合って1年5ヶ月目になるが、ちょうど1年記念日を迎えた頃にお互いの信頼を確かめ合うため、スマートフォンのパスワードを教え合っていた。秋穂の提案であった。


 多少の罪悪感が顔を出して、義村の手を留めようとしたが、そんなものは好奇心との決闘には太刀打ちできるはずがなかった。


 「5・1・5・1」


誤打しないよう、ひとつひとつ間を置いて慎重に画面を叩いた。義村の丁寧な所作に反して、秋穂のスマートフォンは主人以外の侵入を阻むように小さく、雑に振動してみせた。


 「5・1・5・1」


もう1度、2度、3度。何度試行しても当たり前だが結果は同じだった。


 先日の出来事で薄くもやがかかっていた義村の心に、さらに深いもやが覆い被さった。

 斜め下に顔を向け、眠る秋穂の顔を一瞥する。付き合った当初から何も変わらない蕩けたような寝顔。その一方で秋穂の内部が少しずつ変わっているような奇妙な雰囲気を、義村は感じざるを得なかった。

 ほとんど消滅した好奇心、多少残る罪悪感、深まってしまった秋穂への疑念。それらを取り払うように額の汗を拭った。

 夕方5時過ぎの薄暗さ。それよりも多少濃い程度の闇が義村の心に重くのしかかっていた。



 

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