第3話 全てはアリシャのために

 俺は強くならなくてはならない。


 全てはアリシャのために。


「どんりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 大剣を軽々と振るうガレウス。


 普通なら、振るうスピードが鈍くなるはずだが、むしろ早く、よけた先の地面を深く削り取った。


「よくよけたな」


「もう何度も見ましたし、当然です」


 魔力を使わず、大剣を軽々と振るい、あのスピードを体現している。


 人離れした肉体、それこそガレウス団長の特徴だ。


 あんなのまともに食らったらたまったもんじゃない。


「どんどんいくぞっ!!」


 考える隙も与えず、恐ろしいスピードで繰り出される剣撃が、頬にかすった。


 よけるだけじゃダメなことはわかっている。でも、受け流せる気がしないし、受け止める自信もない。


「そろそろ使ってもいいですか」


「ああ、いいぞっ!!」


 俺は生まれ持って魔力を持っていない。これは、魔力漏症まりょくろうしょうと呼ばれていて、魔力が内で溜めることできずに漏れ出てしまう症状のことだ。


 そのせいで俺は魔力を使った強化もまほうをもつかえない。


 だが、俺は魔力を代わりに精霊と契約している。


 精霊は、未知な力を持つ神聖な存在で下級精霊、中級精霊、上級精霊、精霊王と階級が分かれて、さらに、火、水、土、風、光、闇と六つの種類に分けられる。


 基本的にはより高位の精霊と契約すれば、より強力な力を得られる。


 ただ、精霊と契約するのは難しく、精霊契約者は世界的に見ても少ない。


 そして、俺は下級から上級、そして精霊王と契約している、珍しい精霊契約者だ。


 故に俺は宮廷騎士団ではこう呼ばれている。


 精霊に愛されし者、精霊騎士ウル・アルバゼル。


「俺に風の加護を…………」


 自身を覆うほどの竜巻が巻き起こり、消えたかと思えば、その身には風をまとっていた。


「今日は風の精霊王の力か」


「手加減はしない」


 俺が踏み込み、団長をとらえ前進するまで、一切の音を置いていった。


 二つ剣が重なった瞬間に遅れた音が響き渡り、同時にいびつな金属音も鳴り響く。


「なんてスピードだ。俺じゃなきゃ、追えないぞ」


「そうでしょうね。ただ、俺はもっと早くなる」


 軽く大剣を弾き、風と共に姿を消えた。


 その場にいるのがわかるがその姿は一切見えず、風を切り裂く音だけが聞こえてくる。


 これが精霊王と契約したもののみが持てる力、風の加護。


 その身に風の加護を受ければ、だれもが追い付けない速さが手に入る。


 いくら、ガレウス団長であろうと、このスピードをとらえることはできないはずだ。


「よし、じゃあ、俺も魔力を使うとするか」


 吊り上がる口角、その笑みは戦士そのもの、体から熱を発しながら赤いオーラを身に包み、大剣に奔流させる。


「おらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」


 ただ魔力を込めて振るっただけの一撃で風をかき消した。


 だが、そうなることはわかっていた。


 だから、わざと音を立てていたんだ。


「んっ!?」


 風を切り裂き、風の音が消えた。だが視界に広がるのは見慣れた訓練場だけでウルの姿はなかった。


 どこいったっと周りを見渡すも、人影一つない。


「どこに…………」


 風はごく自然に存在する。風は流れに従い、あるべき方向へ吹いている。


 故に誰も気づかないんだ。吹いている風に。


「まさか、上かっ!!」


 ガレウス団長が上を見上げると、剣を構えたウルの姿があった。


 そして、風といっしょに剣を振り下げる。


「ぬぅ!!」


 鳴り響く金属音、迫りくる風、いくら魔力を身にまとうガレウス団長でも冷や汗をかいた。


 だが力はガレウス団長が上、隙を突いた一撃も簡単にはじかれた。


 しかし、それでもウルは止まらず、距離を詰めて剣を振るった。


 風で切り裂く、風が刃を運ぶ。


 剣が重なり合うごとにスピードが上がり、精度が上がる。


 こいつ、この戦いでさらに強くなってやがるな。


「ふぅ、今日はここまでだな」


 ガレウス団長が武器を捨て両手を上げると、首元に剣先が触れる。


「終わりですか?」


「終わりだ。これ以上やると、帰りが遅くなる。それにウルの妹が心配するだろ?」


「…………たしかに、そうですね。今日はありがとうございました」


「俺のほうこそ、また課題が増えた。それじゃあ、また明日な」


「はい」


 ガレウス団長はやはり只者ではない。


 とっさの判断力、その行動をなす肉体。あれは、生半可の経験と訓練では得られないものだ。


「俺もまだまだってことか…………ってそろそろ帰らないと」


 アルバゼル家は貴族であり、代々宮廷騎士を輩出している。と有名ではあるが、それは数十年前までの話だ。


 アルバゼル家の人間が宮廷騎士になったのは、数十年ぶり。


 俺が実績を積み、宮廷騎士になるまで、ちまたでは落ちぶれた家系なんて言われ、いじめもよく受けていた。


 今は、いじめなんてほぼないがな。


 我が家に到着すると、勝手に扉が開き、金髪の少女が胸に飛び込んでくる。


「おかえりなさいっ!兄さんっ!!」


「ああ、ただいま、アリシャ」


 アリシャ・アルバゼル、俺の妹だ。


 くりっとした青い宝石のような瞳に、腰まで伸びる金色の髪、15歳とは思えないスラッとした体つきはまさしく容姿端麗という言葉が似合うほどの女神の姿。


 アルバゼル家は代々黒髪だが、アリシャは黄金に輝く金髪をしている。おそらく、母親の血が色濃く残ったのだろう。


 だがそんなところを含めて全てが、愛おしいんだ。


 思わず、天を仰いで手で顔を隠した。


「兄さん、どうしたの?」


「いや、なんでも、それより早く家の中に入ろうか」


 アリシャと手をつなぎ、一緒に家に入ると、父上の部屋の明かりがついていないことに気づいた。


「アリシャ、父上は?」


「わからない」


「帰ってきていないのか…………まぁ父上も忙しいしな。それより、ご飯にしようか」


「うんっ!!」


 アリシャはアルバゼル家の中でもっとも不遇な環境に身を置いている。


 生まれながらにして魔力を持たず、さらに俺みたいに精霊との契約もできない。それ故に貴族間きぞくかんでのいじめが多々あった。


 そのせいで今では家で引きこもりになってしまった。


 せめて、アリシャには貴族との関係を断ち、普通の家庭を持って幸せに暮らしていほしい。


 俺はそのために頑張っている。


 それにあと数年もすれば俺がアルバゼル家を継ぐことになる。


 そうなれば、より自由に権力が使えるようになり、アリシャをアルバゼル家から引き離すことができる。


 もういじめになんて合わせない。絶対に俺がアリシャを幸せにする。


 食卓に着くと、そこにはメイトが一人とおいしそうな料理が並んでいた。


 そこで俺とアリシャ、そしてお世話になっているメイドさんと一緒にご飯を食べた。


「今日もおいしいご飯をありがとうございます、クリリカさん」


「さん付けはおやめください。それにこれが私の役目ですから」


 アルバゼル家は昔に比べればかなり衰弱している貴族の家系だ。故に今ではメイドの数は半分以下まで減ってしまっている。


 それでも残ってくれた一人が、クリリカさんだ。


 なぜ、さん付けするかというと俺も昔、小さいころによくお世話になっていて、さん付けしてしまう癖がついてしまった。


 俺の中ではすごく信頼できる頼りになるメイドで、アリシャの面倒も見てもらっている。


「クリリカさん、父上がまだ帰ってきていないようですが何か聞いていませんか?」


「聞いておりません。ただ…………」


「ただ?」


「少し顔色が悪いように見えました。最初はお引き留めしたのですが」


「そうかですか、ありがとう」


 クリリカさんも何も聞いていないのか。


 考え込んでいると、アリシャが胸に飛び込んできた。


「兄さんっ!今日は何して遊ぶっ!!」


「今日は夜も暗いし、おとなしく寝ような」


「え~~~~~」


「また今度、遊んであげるから、ね」


「わ、わかった…………」


「クリリカさん、アリシャを寝室まで」


「わかりました」


 クリリカさんがアリシャを寝室まで付き添い、俺は窓の外を眺める。


 今年で俺は19になり、アリシャは16になる。


「普通に暮らしていれば、今頃、学園で楽しく暮らしていたはずだ。どうして、アリシャだけ」


 夜空に輝く月を眺めながら、愛用の剣を磨いていると、扉の開く音が聞こえた。


「父上が帰ってきたのか?」


 玄関まで足を運ぶと、仕事着で帰ってきた父上がいた。


「父上、今日は遅い帰りでしたね」


「ああ、ちょっと急用がな。連絡できず済まない」


「それはいいのですが」


「私はもう寝る。また明日な」


「はい…………」


 なんだろう。違和感がある。


 クリリカさんが言うほど、顔色は悪くなかったし、何より言葉に表せない引っ掛かりを感じた。

 

「…………俺も疲れているのかな。今日はもう寝よう」


 俺も自分の寝室に向かい、明日に備えて眠りについた。


□■□


 常世の闇が悪魔を祝福する。


「ふひひひひひ、ついに手に入れたぞ」


 自らの体を抱きしめ、狂気の笑みを浮かべる。


 くるっとダンスをしながら鼻歌を歌い、窓を開け、月に両手を差し伸べた。


「私が、彼女を超えるときは近いっ!!そのためにもまずは…………食わなくては彼女の心臓をっ!!」


 悪魔は踊った。悪魔は歌った。


 悪魔は震わせた。悪魔は笑った。


「それと、障害も取り除かなくては…………」

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