第269話

 眉間に刻む皺がどんどんと増えていくサロメ。


「じゃあなんだっつーのよ」


 はいはい、と手を叩いてそこに割り込むカイルだが、今回の元凶でもある。


「簡単に言うとね。今回のツアー、ランベールくんに同行してもらおうと思ってる。もちろん、学生だから学校は優先してもらうけど」


「……」


 ヨーロッパをまわるツアー、それも世界的なピアニストの調律師に抜擢されたというのに、俯き加減でランベールの表情は暗い。アレクシスの同伴、というポジションだが、得られる経験値は莫大なはずなのに。


 その事実を雑に噛み砕いたサロメにとって、到達する答えはひとつ。


「へー、よかったじゃん。お土産よろしく。ショコラとかね」


 どこに行くのかは知らないけど。この際、甘ければなんでもいい。


 なにかしら二人に因縁がある、と睨んでいるランベール。すっきりとしない気持ちを抱えているのもたしかで。


「……なんで俺が、とか聞かないのか?」


 お前のほうが実力が。口には出さないが、口を噤んだ一瞬の沈黙に悔しさが滲む。こいつがそういう、名前が売れたりとかピアニストから重宝されたいとか、そんなことを望んでいないことは知っているけど。明らかに、自分よりも上の存在。この兄弟もわかっているはずなのに。


「聞いてほしい? 興味ないわ。別に」


 という、予想通りのサロメ。そこまでこいつら兄弟に付き合ってやる義理もない。本当にもう、なにも情報を持っていないのかもしれない。少しずつ、それでいて一気に関心も失せてきた。


 なんだかトゲトゲしい空気をカイルは和ませようとする。


「まぁまぁ。アトリエにある二台のメイソンだけどね。寄贈したつもりだったんだけど、今回のツアーだけ使わせてもらうよ。色々と手筈は整っている。一応、キミに断っておこうと思ってね」


 そして終わったらまた返却。そのためにもアトリエの協力が必要なわけで。なのでランベールに白羽の矢が立った。そういうこと。


 もちろんそのことについてもサロメは無関心。誰がどうなろうとどうでもいいわけで。


「あっそ。どうぞどうぞ。お好きに」


 元々、自分はノータッチを貫く予定だった。アトリエからなくなろうが知ったことではない。むしろ風通しがよくなって万々歳。


 まぁ、コイツらしいと言えばコイツらしい。行かないで、と懇願してくるようなヤツでないことはランベールもよくわかっていること。


「で、なんでここに呼び出されたんですか? 別にアトリエでもよかったでしょう」


 そこで会話の相手を変えてみる。たしかにサロメにも色々と物申したいことはあるが、同時にこの人物にも。兄であるグラハム・アーロンソンのことは少しわかってきたが、弟はよくわからない。

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