第268話

「誰か来んの? 早くしてくれる?」


 もしなんの情報もないならもうサロメには用がないわけで。彼女でもカイル・アーロンソンという男の底は読みきれない。


 たしかに遅い。が、待つしかない状態のカイル。


「僕に言われてもね」


 と、そこで「もしかして」と内心焦る。集合場所、伝え間違えたかも。というか、インペリアルがあると聞いて変更しちゃった自分のせい? 黙っておこう。


 気まずい雰囲気。だがそこに、唐突にレッスン室のドアが開く。そして、入室してくるその者は安堵のため息。


「……やっと見つけた。全然違いますよ」


 スタスタと室内に足を運んでいるのは、サロメと同じアトリエで働くランベール・グリーン。コツコツ、と静かに足音が響く。


 うげ、とあからさまにサロメの表情が渋くなる。


「は? なに? なんか用?」


 最近、口癖のようにこれを言っている気がする。それだけストレスの溜まることが多いというのの裏返し。同僚とはいえ、職場以外ではそんなに会いたくないのもまた事実。


 そしてそれをカイルは爽やかに出迎える。


「やぁ。来たね。待ってたよ」


 よかった。本当に。救世主に見えてきた。それは言い過ぎか。


 なぜか余裕ありげな呼び出し人に対して、走り回ったランベールはジトっとした目つきで応える。


「なら場所はちゃんと指定してください」


 そもそもなんで学園で会わなきゃいけないんだ、と不満しかない。


「あ? なんの話?」


「なんでもない。無視しろ」


 時間を経るごとにだんだんと負のボルテージが高まっていくサロメを、適当にランベールは諌める。 


「そいつはよかった。で、なんの用?」


 一向に話が進まないので、痺れを切らしたサロメは強い口調で問い詰める。なんとなく思い詰めているような。


 一瞬、チラッとカイルのほうを見るランベール。笑顔を確認して、躊躇いながらも応じた。


「……しばらくアトリエのほうに俺はいなくなる。ちゃんとやっておけよ」


 社長がいればなんとかなるだろうけど。それでも第二の実家のようなあの場所を荒らされるのは、気持ちのいいものではない。自分が今までストッパーになっていたか、というと微妙だが。


 いなくなる。ということは。不敵にサロメは笑む。


「なに? 調律師やめんの? おつかれさま。使えそうな道具はアトリエに残していってね」


 使えそうなものがあれば使ってあげる。でも荷物持ちが今後いなくなるのも面倒ね。そんなことを考えながら。


「ちげーよ。んなわけあるか」


 当然ランベールにおいてそんなことはなく。呆れながら否定する。

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