第263話

 時の流れ。ショパン。なるほど、と理解を示すグラハム。


「悩みはコンクールの移り変わりか。俺もライブ配信で聴いてはいた。たしかに、昔と比べて相当に選考基準が変わってきているようだ」


 元々のコンクールの創設目的から外れてきている。とはいえ、どんなものもずっと同じ基準で続けるよりも、柔軟に変化していくことが悪いとは思わないので、反論するつもりもない。


 だが、それが不利に働く者も当然いるわけで。自分の目指す先に優勝があるのか。自分の目指したい音がショパンに繋がっているのか。ブリジットにはわからなくなってきている。


「そう……です。自分の表現するショパン、だけではもう……」


 その結果、即興曲にたどり着いた。果たしてこの曲でよかったのかわからないけど。自分の腕前を知ってほしい、改善点を教えてほしい、と言うよりかは魂の叫びに近いかもしれない。


 意図は汲みつつも、そこに対する最適解をグラハムは持ち合わせてはいない。


「すまないが、俺は、俺達はコンクールには出ない。参考になるようなことなどはなにも」


 カイルもそうだが、コンクールのために準備したことや心掛けていることなど、メンタル的な部分でも手助けになるようなことはできない。ただ、応援しているという言葉しか。


 もちろん、ブリジットとしてもそういうものを望んでいるわけではない。ただ、苦しい胸の内を吐露したかっただけ、かもしれないのだから。


「……はい」


 逆に、これでよかったのかもしれない。相手の負担になるようなことはなにもなくて。ツアーの邪魔にならずに済む。


 そしてまた沈黙。回数を重ねるごとにその重さがさらに増していく。


 どこかでこの重苦しさを取り払わねば。口火を切るグラハムは今、自分にできることを模索。


「……少し、弾いてみていいか?」


 自分はピアニスト。相手もピアニスト。なら、弾いてしまったほうが会話、せずになにかしら感情が伝わるかもしれない、と考えた。


 聴くことができる。それはブリジットにとっては願ってもないこと。


「え、あ、はい。どう。あ、でもこれは……」


 そう、これはアメリカのピアノじゃない。昨夜少し調べたら、彼らはそうであることがわかった。一応、この学園の者として伝えなければ。


 しかし。気にせずグラハムはイスに座る。高さ調整。結構神経質。


「ペトロフ『ミストラル』。チェコのメーカー。チェコといえば——」


「ドヴォルザーク、でしょうか。やはり」


 チェコ。クラシック。となると、あの豊かなヒゲを蓄えた人物がブリジットには浮かぶ。

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