第260話
また、静寂に戻る。先ほどよりも重さが足されているような。断りによる気まずさがそうさせる。
目をキョロキョロと彷徨わせたグラハムは、唇を強く噛んだ。
「……だな。気の迷いだ、すぐに出ていく」
今日一日、なにをやっているんだろう、とまたもマイナスに思考が方向を変える。いつも強気な言葉で着飾っているが、たったひとりの少女を前にしただけでボロボロと崩れ去る。弱さ、なのだろうか。
「いえ、あの。ぜひ、聴いて、もらえたら……それでもし、よければ……」
聴いてもらえるなんて。ぜひ、感想を。と言いかけたところでブリジットはハッと気づく。相手は世界的に注目を集める若手ピアニスト。なんて贅沢で、不躾なことを。いや、でもそれはお互い様……なのかな。頭の中をぐるぐると様々な思惑が跳ね回る。
会話の方向が二転三転。グラハムにもよくわからなくなってきた。
「……いいのか? 自分で言っておいてなんだが……」
未だに状況をブリジットはよく飲み込めていない。昨日から、いきなりあのアーロンソン兄弟が。しかも日替わりで。さらに、自分の演奏を聴いてみたいと言ってくれている。
「はい、こちらこそ……すみません」
怖いけど。でもそれでも誰かに聴いてもらいたい。やっぱり怖いけど。逃げても解決しないだろうし。ベルなら。チャンス、と捉えるだろう。
依頼が通ってしまった。瞬きを多めにやっとグラハムは室内に歩を進める。じっとりと手に汗。
「じゃあ頼む。選曲は任せる」
そしてイスに腰掛ける。心なしか少し縮こまって。
「……では」
覚悟、を決めたブリジットの手にも汗。一度ハンカチで拭い、譜面台の横へ置く。演奏が始まる。
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