第259話

 その言葉が、より一層ブリジットの心臓に衝撃をもたらす。


「! いえ、そんなこと……は……」


 カイルであれば、多少は慣れて会話することが昨日はできた。だが、グラハムのほうは少し、怖い。言葉がいつもよりもさらに遅れて出てくる。


 言葉に詰まったのはグラハムも同じ。少女の姿に儚さのような。そんな弱さを見据える。


「……なにか悩みか。いや、悩んでいないピアニストなどいない、か。愚問だったな。俺もだ」


 勝手に不躾に想像を口にしてしまってから、しまった、と気まずくなる。そしてなぜか自分もそうだと吐露。


「……」


 返す言葉がわからないブリジット。そうだとも言えるし、そうでないとも言える。なら沈黙しかできない。


 よく考えたら、自分のことを知っていても、唐突にこうやって、しかもひとりで訪れるというのは妙だというのはグラハムにもわかる。急いで取り繕う。


「学園側から許可を得て入っている。安心しろ、悪事を働くためでも、無断でもない。ただ——」


「……ただ?」


 オウムのようにブリジットは返す。別に不審にも思っていないし、ただただ緊張が時間を経るごとに増加しているだけ。


「……なにがきっかけで攻略の糸口が見つかるかわからないからな。いや、それでもやはりすまない」


 聞かれてもいないのにグラハムはここに来た理由を明かす。むしろ聞かれてもいないことをペラペラと喋る出すヤツは、逆に怪しい。なにをやっているのだろう、自分。


 そんな気まずさがブリジットにも伝染し、変わらずなにをどう、接していいのかわからない。


「……」


 そもそも有名なピアニストなのだから、そんな言い訳のようなものを用意していなくても、疑ったりはしない。堂々とされていたほうが助かるくらい。


 言葉を探すグラハム。昨夜のことを思い出す。ホテル。カイルとの会話。


「……なにか、そうだ。たしかあいつがショパニストに出会った、と言っていた。ショパン。弾いてみてくれるか? 無理に……ではないが」


 勝手に乱入してきてリクエスト、など自分だったら邪魔でしかないし、集中も乱れる。なにを言っているんだ、と混乱してきた。こんなこと、普段ならしないのに。あいつはしまくるが。さっきから、まるで自分が自分じゃないみたいに口から滑っていく。


 いきなりリクエストを受けたブリジットは流石にたじろぐ。


「いや、でも……」


 聴かせられるようなものでは。恥ずかしい、とさえ。そこで気づく。今、誰かに聴いてもらうことが。少し。怖い。

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