第256話

 モンフェルナ学園レッスン室。響き渡るのは悲しい音色。だがその曲は稀代のプレイボーイを主役とする曲で。切ない余韻を残して終える。


「……ポリーニとか、アルゲリッチとか、ツィメルマンとか。そういった人達と肩を並べよう、ってことだよね……」


 歴代の優勝者。あまりに眩しすぎる人々を思い浮かべ、そこに比肩する自分の像がどうしても、虚な目のブリジットには描けずにいた。


 ショパンコンクールは年齢制限がある。そのため自分がもし、出場するとすれば三回ほど。当然、まだまだの腕前であることは百も承知。幼い頃から神童、とか呼ばれてきた人々が、いい師に巡り会えてしっかりと時間をかけて腕を磨いた、そんなひと握りだけが挑める最高峰の舞台。


 なにもかもが足りていない。技術も。心構えも。貪欲さも。譜読みも。ショパンを愛している。だが、これは一方通行の恋なのではないか? ショパンに愛されているのだろうか? 今すぐにでも、ワルシャワの音楽院に行くべきなのか? 答えの出ない問いに頭がショートする。


 ふと、自分ではどうしようもない時は誰かになりきってみる。いつも一緒に切磋琢磨しているピアノ専攻の仲間。


 ベル・グランヴァルならば。きっと思いもよらぬ角度からポジティブに気持ちを持っていくのだろう。


 イリナ・カスタなら。なりふり構わず、納得がいくまで弾き続けるのだろう。


 カルメン・テシエなら。全くこんな気持ちになることすらないのだろう。


 ヴィジニー・ダルヴィーであれば。それはそれ。これはこれ。と切り替えて自分だけの音楽を追求していくのだろう。


 そして、ブランシュ・カローは。彼女は上手くなりたいとか。そんなことを考えているのかな? ただ、楽しむために、楽しいから弾いているだけ。ヴァイオリンを。


「参考に……ならない、かもね」


 室内を見回してみる。自分だけ。それとピアノ。あとは机とかイスとか。静かだ。防音もしっかりしてるし。この中にショパンの魂はあるのだろうか。そんなことを考えてみる。


 フレデリック・ショパン。まるで詩を紡ぐようにピアノを奏でる。その道に詳しい作曲家は多いけど、それらを抑えて『ピアノの詩人』と呼ばれた人物。


 元々、口下手だった自分。だからこそ、言葉のいらない音楽に魅了され、その中でもショパンの美しさは心が震えた。


「ショパンコンクールで。優勝……したい」


 それこそが、自分に勇気を与えてくれたショパンにできる、唯一の恩返しのような気がして。唯一の繋がりな気がして。

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