第254話
「……お前は型にハメるのは合わないだろうからな。間違いなくコンクールでは異端児扱いだ。絶賛されるか酷評されるか極端な結果になるだろう」
そうであれば自分もこいつもここまで世界を飛び回るような、そんな活躍には至っていないだろう。いや……弟だけならもしかしたら……自分が足を引っ張っているような。そんな後ろ向きな考えがグラハムに浮かぶ。
なんとなく兄の考えていることはわかる。どうせ僕だけなら、とかそんなつまらないことに支配されているに違いない。相手の言い淀みからカイルはそこまで推察した。
「世界が求めているのは『革命』だと思うんだよね。眠くなるようなクラシックはいらない。それこそ僕は絶賛か酷評か。どちらかが本当は欲しいんだけどね」
そしてそれはコンクールでは手に入らない。天井からミラーボール出してみたりとか。『ミッション・イン・ポッシブル』みたいに、空中から吊るされて弾いてみたりとか。そういうやつ。
言いたいことは長い付き合いでわかる気もするグラハム。だが、そうなると曖昧に進んでいる事象がひとつ。
「そのためにあのサロメ・トトゥが必要なのか?」
言い方は悪いかもしれないが、ただひとりの腕のある調律師。それだけ。恋愛の対象としてみているわけでもないだろう。なぜだ?
そうなった場合。彼女が調律したピアノが毎回準備されていることになるわけで。回数を重ねるごとにより、お互いの理解は深まっていく。カイルも窓の外に目を向けた。
「そうなればありがたい。単に僕はクラシックというものをもっと詳しく『味わいたい』んだ。名を残したいわけでもない。彼女の調律したピアノで弾くと、まるで自分の腕が上がったように感じる、というのは事実だけどね」
上手く、よりも深く。弾く、のではなく潜る。宇宙よりも深海のほうが探索が難しいように。共に目指せる相手、というのはそういないだろう。
確固とした自分だけの世界を持っている。それはグラハムにとって羨ましくもあり、恐ろしくもある。
「お前の考えは読めない。どこに向かおうとしている?」
名声などではない、ピアニストの頂点とは? 誰を基準とした頂点? ラフマニノフ? ルービンシュタイン? バックハウス? そのどれもが違う気がする。
小休止的に場が静まり返る。お互いになにを言ったらいいのかわからない。答えがあるのかもわからない。答えられてもそれが答えなのかもわからない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます