第245話
もし『宇宙で一番遠くまで響いたクラシックは?』という質問があった場合には、実は明確な答えが存在している。世界ではなく宇宙。それは一体どういうことか?
一九六九年、月に着陸したアポロ計画。その時の宇宙飛行士であるニール・アーム・ストロングは、チェコの作曲家、ドヴォルザークの『新世界より』を持っていって聴いたとされている。
そしておそらく、国民に最もクラシックというものが浸透している国といえば、ドヴォルザークの故郷であるチェコ・プラハ。国内外からミュージックフェスティバルのために五月に多くの人が訪れるのだ。
「美しい音色。とはいっても、私はクラシックのことはよくわからないんだけどね。うん、でも、美しい。綺麗だ」
感じたままに正直に。リディア・リュディガーは心のこもった拍手と共に、ピアノの傍らに置かれた背もたれ付きのイスから立ち上がった。
着脱可能な吸音板が装備され、残響時間を操作することのできるモンフェルナ学園のレッスン室。床には木目のフローリング、壁は白とライトグリーンを基調とした爽やかな色合い。
少し恥ずかしそうに縮こまりながら、弾き終えたブリジット・オドレイは楽譜を畳んだ。
「……うん、ありがとう。すごく、嬉しい」
言葉は途切れ途切れ。奥手で引っ込み思案。だが、奏でる音色はショパンの初恋『ピアノ協奏曲 第二番 第二楽章』。優しくもあり、悲しくも激しくもあるその曲を、感情豊かに。
世界的に、いや、世界で一番権威があるといっても過言ではない『ショパンコンクール』において、審査員を務めたダン・タイ・ソンは、評価を得る演奏は二種類あると言ったことがある。
ひとつはショパンに特別な態度で臨み、深く繋がったいわゆるショパニストであること。もうひとつは、ショパニストではなくても演奏そのものがハイレベルにあること。確実にブリジットはショパニストであった。
「なんだろう、目に浮かぶようだった。きっと相手は素敵な女性で、他にもたくさん狙っていた男達はいただろう。そしてショパンが結局は想いを伝えることができなかったんだろうな、っていう絵がね」
「そんなところまで?」
クスクス、と大袈裟なリディアの感想にブリジットは笑んで返すが、その解釈は全くもって当たっている。すごい感性だな、となんだか自分の音からそこまで連想してくれたことに嬉しさが募る。そこまで自分の力を引き上げてくれるその存在。
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