第233話
そんな提案。キアラからしたら当然答えは。
「是非ッ!」
となる。ペン、どこにあったっけ。あれ、いつも使ってるのに。マジック。書けるもの、ポケット。にはない。
いや、どういう状況よ。一瞬置いてけぼりのサロメは遠い目をする。
「……ファンならなんで顔とか知らないのよ。そもそもあれはお爺さんのピアノでしょ? そんなの書いちゃって大丈夫?」
どこの馬の骨とも知れない優男の。自分がお爺さんだったら墓から出てきて必死で守るね。説教してからもう一度、墓の中でお休み。
相変わらず棘のある発言にカイルは先ほどよりもしょげる。
「そんなの、って。なんだったら写真もつけて大々的に宣伝するといい。今後価値がさらに上がるはずだし」
自信。自信を持たなきゃ。追い込むことで力を発揮するタイプ。あとに引けないというのは活力になるはず。
やっぱりこの店は変な男を引き寄せる力でもあるのだろう。だんだんとサロメは帰りたくなってきた。
「……変な方向に話が変わってきたわね。で? あたしのメリットがないんだけど?」
言われてみれば。考えなしに行動してしまうのはカイルも短所だと気づいている。
「たしかに。キミは名声とかにも興味がなさそうだし。専属の調律師にしてあげよう、と言ってもなびかないだろうね」
だからこそ惹きつけられているのかもしれないけど。ほら、手にするのが難しいほど、それを手にしたら嬉しさが増すように。難しい曲、自分には手に負えないような難曲を体得してしまいたくなる癖も、こういった性格からきているのかも?
そもそもサロメという人物は調律師というものですら、別に目指しているわけではなく。資格などもないから仕方なく、調律師を名乗っているだけ。
「当たり前だっつーの。それよりかは現物。まだそっちのほうがいいわ」
権威や地位も名誉も。全くもって重視を示さない。そんな役に立たないものを貰うくらいなら、甘いものをひと欠片でも恵んでもらったほうがマシ。
なるほど。これは頑固だ。勝ち目など一切ないような現状。それなのにも関わらず、奥底から笑うカイルの目。なぜなら。奥の手があるから。
「……特別なピアノ。それをキミに授けよう。もしかしたらキミが『探している』——」
「あんた。どこまで……何者?」
言葉を遮るサロメ。自分の目的を知っている? 別に隠しているわけでもないが、初めて会った人物と話す内容でもないし、どこかから漏れたというのであれば、それはそれで気になる。
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