第226話

 肯定したい。のだが、どうしてもランベールは否定せざるを得ない。


「あいつは……残念ながら……腕だけはあります。本当に残念ながら」


 本当に。本当に残念なことに。調律師は実力の世界。あいつの中身がどんなだろうとどうでもいいが、その『腕前に自信がない』という部分にはどうしても引っかかる。あれで自信がないなら、より自分が惨めになるような気がして。断じて肩を持つようなアレではない。


 二人の関係性を知らないグラハムは、同じ職場の人間だから肩を持つのだろうと勝手に予想。


「だが、貴賎も弾き手の実力も選り好みせず、しっかりと全うするからプロなんだ。我々だって、用意されたピアノがいかに悪くとも、最大限の力の限りやりきる。主催や協賛のメンツを潰すことになるからな」


 ごもっとも。一部の隙もない意見。本来はこうあるべきなんだとランベールもわかっている。そもそも、雇われなんだから拒否なんて……いや、自分もたまにあった。少し反省。だが。


「あいつは少なくとも俺よりは腕はいいです。このピアノの調律にしても、あなたも満足できるほどには」


 実際にはいないから遠吠えになってしまうけれど。なんで俺はあいつのフォローしているんだ?


 なんだか険悪になりそうな雰囲気を感じ取り、アレクシスが仲裁に入る。


「まぁまぁ。あの子の腕は私も保証する。そこでどうだい、今回の調律をランベールくんがするというのは。簡単な数学の証明だ、彼の調律でグラハムさんが満足できたら、それはつまりサロメさんのにも満足するわけで」


 AならばB、ということ。言っている自分でもよくわからないが、ひとまずこの場をなんとかすることを優先。


 呆れるように渋い顔を作るランベール。なにを言っているんだこの人。


「……そう単純な話でもないですけど」


 しかしこれを悪く捉えるグラハム。どこか不愉快。


「俺達など、アシスタントの調律がお似合い、ということか? 面白い。もし満足ができなかった場合、どうなるかわかってるだろうな」


 脅しに近い言葉だが、発端はそちら。もちろん本意ではないし、やりたくはないが、それだけ自分達のコンサートにかける想いは強い。


 ちなみに前例はないため、どうなるのかはランベールは知らない。


「……どうなる……んですか?」


 余波が自分にもくるのだろうか。というか、問題が二転三転していてなにがなんだかわからなくなってきた。ただ、良い音を目指して調律したいだけなのに。

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