第227話

 うーん、と悩みながらアレクシスは「たぶんね」と前置きを入れつつ。


「調律師の世界は案外狭いからね。それでいて信用で成り立っている。少なくとも、メイソン&ハムリンの調律の仕事は無くなるかもね。そしてアトリエにもなにかあるかもね」


 いや、知らないけど。だが、ネット全盛の時代。それでいてスターである彼らの発言は、クラシック界において非常に強い影響力がある。ダメージが大きい上に、主催や協賛の企業などからペナルティのようなものがあるかもしれない。


 自分の肩に色々なものが乗っかりそうな予感。そもそもコンサートグランドなどまだやったことはないランベール。初めての仕事が代役の代役。しかも新進気鋭の人気ピアニスト達。


「……じゃあダメでしょ。やりませんよ俺は」


 腰が引けるのもわかる。だが、こういう機会は経験値として莫大なものになるとアレクシスは考えている。


「こんな機会、滅多にないかもしれないよ。それにパウル・バドゥラ・スコーダはこうも言っている。『ピアニストは幾千ものピアノを弾くのが仕事だ』とね。だから彼らに仕事を与えてあげるのも調律師の仕事なんだよ」


 ホール所有のピアノでの演奏が条件になるなど、持ち込むことが不可能なホールは多い。むしろそちらのほうが割合で言えば高いほど。そういった場合の対応力、適応力を磨くのもプロの仕事にはなる。いつも気持ちよく弾くことなどできない。


 もちろん調律師とピアニストの相性があることはランベールもわかっている。だが。


「……あまりにもリスクが高すぎるでしょう。せめてもっと俺が経験を積んでから——」


「調律に練習はない。全て実践であり実戦。経験も『積ませてもらう』んじゃない。自分から『積みにいく』んだ。少なくとも、私の調律の師匠や著名な調律師は、失敗したらなんて考えない。失敗などない。新しい音を生み出した、と誇るだろう」


「——!」


 そのアレクシスの言葉が、後ろめたさの残るランベールに響く。しかし。


「そう言って俺に無理やりやらせようとしてません?」


 冷静に判断。この人は今のところなにもやっていない。会話だけ。


 シン、と空気が澄んだところでアレクシスは歪に笑う。


「鋭いね。そりゃそうだよ、やりたくないもん。自分のギャラにならないのに」


 若者の熱に当てられて判断を見誤りそうになったが、よく考えたら自分の名声にもならないわけで。ならば先のある人物に道を譲るのが吉。

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