第225話
約一〇分。だが、息を呑むような演奏。それを終えたグラハムはひとつ、息を吐いた。
「……悪くない。だがまだこのホールに『合っていない』ように感じる。それを調律で煮詰めていくということか」
初めてメイソン&ハムリンを弾いた、というわけではない。アメリカにいると時々出くわす。だが、そのどれよりもすでに自分の思う通りの音が出せる。タッチも。サロン程度の大きさであれば申し分ないだろう。
今のところはまだ自分がいじったピアノではないのだが、なぜだか喜んでもらえているならアレクシスとしても嬉しいところ。
「その通り。本当なら数日間ほしいところだけど、最初の状態がいいんでね。明日には仕上げられるだろう」
むしろ、最初から明日だけでもなんとかなりそうなほどだった。アトリエの管理状態が良かったこともあるのだろう。
もう一度タッチの感触を確かめ、コンサートを想像し満足げにグラハムは席を立つ。
「そうでなくては困る。だがそれにしても……彼女ではないんだな」
「彼女?」
目を細めるランベール。非常に嫌な予感がする。
「弟のカイルが、是非ともと望んでいた調律師がいる。名はサロメ・トトゥ。このピアノをレンタルしたアトリエの出身だというから、てっきり彼女が来るものだと思っていた。いや、気を悪くしたならすまない」
兄であるグラハムからしたら、別に腕が立つならば誰でも良いのだから、今回はすでに安心している。場所によっては本当にひどいピアノと調律師のコンボもあり、ピアニストとして生計を立てていく難しさを知った過去。
やはりこういう流れになるか、とアレクシスは軽く説明する。
「いや、私としても彼女の調律は見てみたいと思っていたんだけどね。気難しい子で」
なにせ部外者をこうして立ち会わせるくらいには。それは秘密だけど。
やはり話題の中心はあいつ。海外にまで知れ渡っているのは驚きだが、いつも迷惑ばかりかけられているランベールとしては誇らしさは当然ない。
「あいつは大きな舞台や有名なピアニスト、という理由で優先したりするヤツではないです。気分次第なので」
予定とは違うのだが、そこまで厄介ならグラハムとしても少し気にはなる。だが、その姿勢は評価できない。
「なるほど。自分の腕前に自信がない、というのを上手く隠しているわけか」
弟が気にするならどんなものかと見てみたかった気持ちもあるといえばあったが。興醒めに近い。
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