第222話
「へぇ、調律師って大変なんだね」
イタリアのスイーツとコーヒーを提供するカフェ。小雨が降り、肌寒さが一層増してくる夕方の時間帯に、私服に身を包んだキアラが、壁沿いのカウンター席で貪るように食事をする隣の少女に声をかけた。今日はオフ。
「まぁね。プロにも色々な形はあるけど、それで有名になったり生活していこうってヤツは大抵、頭のネジがどっか外れてるモンだからね。面倒なのが多いのよ」
当然その少女はサロメ・トトゥ。前回は満足にスイーツを味わえなかったこともあり、奢ってもらえると聞いて駆けつけた。自身が仕立てたピアノは視界の端に入れつつも今日は、というか今日もスイーツのためだけに来ている。
毎日のように時間を見つけては、ここのピアノを弾いているキアラ。仕事中でも客数や忙しさに余裕があれば弾いて店のBGMを演出。店長からも許されている。
「私は趣味くらいだから。そこまで突き詰められる人って尊敬するね。コンクールだとかプロだとか。とてもとても」
一般人からしたら充分に滑らかな指捌きだが、それでお金が取れるほどではないと自分自身でもわかっている。だから、メインディッシュではなくパセリのような添えものの位置。それでもパセリにはパセリの役割があるわけで。
弾き手の技術はサロメにはどうでも良い。ちゃんと弾いて活用してくれるのであればそれで。
「楽しい、で終わらせるくらいがちょうどいいわ。稼ぎたいならピアニストを目指すより投資でもしてたほうがまだいいかもね」
投資は投資で地獄を見るかもしれないけど。そこは自己責任。ハイリスクハイリターンは魅力的。
たしかにお金は生きていく上で大事ではあるが、キアラにとってはそれよりも大切なことがある。ピアノはまた別なポジションある生きがいなのだから。
「そうなんだろうけどね。私は接客してるのが楽しいから。スイーツも食べられるし。弾くのも好きだけど、誰かが弾いてくれるのも好き」
だからこの店で続けているわけで。そしてこんな素敵な出会いもあるわけで。よりピアノというものの数奇な縁を大事にしよう。
少し上向き加減でサロメはケーキを頬張る。ひと口で大部分は胃の中へ。
「ま、あのピアノは最後までウチのアトリエで面倒は見るわ。あたしもたまには来てもいいけど」
もちろん自分がやる時は多少の技術料は上乗せ。もしくは食べ物追加。場合によっては両方。良い店を見つけた。
しばらく談笑していた二人だが、レジ前のカウンターでエスプレッソを飲み終わった男性がおもむろにピアノへ移動したことを確認。コツコツと革靴がゆっくりと響く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます