第215話
クラシック音楽を中心としたコンサートホールによく使われる形状として、馬蹄形というものがある。字の通り馬の蹄のような、緩やかなUの字を描くように二階と三階の客席は配置され、どこの席に着いても同じように聴こえるというコンセプト。
ここの客席数は千ほどの大ホール。クラシックが中心ではあるが、ジャズや舞台公演などにも幅広く使用され、様々な用途に対応している。さらに夏と冬のソルド、つまりバーゲンの際には、高級ブティックのソルド会場にもなる。
客は入っていないため客席のライトは落とされている。稀代の天才兄弟による演奏を翌日に控え、静まり返る舞台の上にはフルコンのピアノ。メイソン&ハムリン『CC』。三メートル弱ある、グランドピアノとしても最大級の代物。
背後には巨大なオルガンの装飾。パリの中でも有名なコンサートホールであるこの場所で、ピアノを前にして男が二人。
「あの……はじめまして。ランベール・グリーンです」
先に待っていた男性に声をかけ、握手を求めるランベール。じっとりと手汗。一度拭うが、また浮かび上がってくる。それはこの今、自身が立っている場所による緊張もある。手元で折りたたんだ濃紺のコートが、いつもより重く感じる。
ラフなスーツに身を包んだ男が、振り向きながらそれに応じる。
「やぁ。話は聞いてる。キミがアシスタントで入ってくれるわけだね。アレクシス・デビラートだ。全く、キミのところのアトリエには驚かされるね」
話をまとめると。本来ルノーがやるはずだった調律を、アトリエの人間として引き受けること。契約関係などは面倒なので内密に。ランベールを助手、そしてお目付役として置いておくこと。ちゃんとやること。以上。
飄々としている目の前の男。サロメやレダという実力者は間近にいるが、正式な、それもメーカー側からも認められている調律師というのは、駆け出しのランベールにとってはまた違った憧れでもある。さらに心臓の鼓動がスピードアップ。
「俺も驚きました。まさかご一緒できるなんて。なにかあってもウチの社長が責任を持ちます。それと……すみません……」
せめて自分だけでも冷静に。礼儀正しく。このパイプは断ち切ってはいけない気もする。
その慇懃な態度にアレクシスも「ん?」と不思議がる。サロメと違い随分と腰が低い。
「いや、私もだいぶ強引だったからね。致し方なし。さて、それよりもやってしまおうか。ランベールくんはどう捉えた?」
とりあえずは悩むよりもやってしまうこと。お互いにメリットデメリットがある、と割り切って目の前のピアノに向き合う。
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