第201話
同時にルノーからのメッセージが届いたことで、信じたくはないがサロメは現実だと知る。きっと、ランベールあたりもニヤニヤしていることだろう。それを想像するだけで鳥肌が立つ。
「なーに勝手に話を進めてんのよ。やらないっつの。てか自分でやれば? あんたもそうなんでしょ?」
そもそもがアップライトは基本的に受け付けないことにしている。グランド専門として受けていることはアトリエにも伝えてあるはず。ということは、店側は嘘の情報を掴まされたか。余計に信じられなくなる。
腕を組んだまま男は頷き、噛み締めるようにして受けて立つ。
「今日はオフなんでね。調律は自分でもできるかなーと思って買ってみただけ」
だからやるのはキミ。私は見る。あ、そのあと少し弾いてみたいね。弾く人がいるならその演奏を聴くだけでも。
二人ともニコニコ。その笑顔が決め手となり、頭のてっぺんから足先までの全ての静脈が運ぶに二酸化炭素を吐き出さんばかりに、しゃがみ込みながらサロメはため息をつく。
「あーもう……やりゃいいんでしょ、やりゃ」
とりあえずいつもの三倍の額を社長には要求しよう。色々と契約違反。違約金のような感じで。今まで色々とやる気が湧いてこない調律はあったが、その中でもとびきり。
それと反比例するように男のボルテージは上がっていく。人を困らせるのはどっちかと言えば好き。
「そうこなくちゃ。ピアノの向きはどうする? このまま?」
現在は背面を壁に向けて置いてあるが、変更するかどうか。それくらいは手伝う。
アップライトはその縦向きになった響板で音を増幅させたり美しくしたりするわけだが、壁に対して音を送り出すよりも空間に向けたほうがいいわけで。だが、このピアノに関してはそれだけではない事情がある。
そこまで音を気にする客がこの店にいるかは不明だが、せっかくやるなら、とサロメはよりピアノが輝ける手段を選ぶ。
「ま、逆に向けちゃうか。あんたは知ってたのね。このピアノの存在意義」
「まぁね。さっきの人もジャズだったし。これのいいところは活かしたいよね」
意見が一致したようで嬉しい。男は協力して持ち上げてピアノを半回転。背面と支柱が客側に見える状態になる。
このあたりから店内の客が何事かとチラチラその様子を観察しだす。とはいえ気にしている、というほどでもない。コーヒーの肴として眺めている程度。
そして話についていけていないのはファニー。ちょいちょい、と男の服の袖を掴む。
「向き? こっから音が出るから、壁向きよりもいいってこと?」
そんな驚くほど違う? と、お菓子をポロポロこぼしながら食べることは止めない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます