第202話
待ってるだけというのもかわいそう。せっかくなので男はクイズ形式で答えることにする。
「それもあるけど、このドロップアクションのピアノはね。アクションが下についていることで利点がある。さてなんでしょうか」
制限時間は二〇秒。さてどんな答えが——
「弾き手の顔が見えるのよ。パフォーマンス向けね。特にジャズなんかじゃ」
空気を読まずにサロメが口を挟む。調律しているまわりで遊ばれるとなんだかストレスが溜まる。そもそも甘いものを食べにきただけのはずなのに、こんなことになってしまっているのだから無理はない。
子供のように頬を膨らませながら、男は楽しみを潰され大袈裟に悲しむ。
「あーもう、キミが答えたら意味がない」
若い子との会話のネタをひとつなくした。なら、調律を倍楽しませてもらわなきゃ。そっちにシフトチェンジ。
普通のアップライトは屋根の部分と、その下で縦に覆っている上前板は別に解体するのだが、ドロップアクションの場合は一体化しているものもあり、その場合外れることなく開くことができるのみ。開け方ですらまず違う。
手際よく進めながら、鍵盤蓋も外してサロメの準備は完了。借りたハンマーを携えてまたも大きくため息。
「こっちはさっさと終わらせたいのよ。言っておくけど調律だけだからね」
長いこと調律を頼んでいないのであれば、内部に埃やゴミが溜まっていたり、湿気でスティック気味になっている鍵盤があってもおかしくない。そこまでは知らない。道具もないし時間もかかる。
しかし。想像していたよりもかなり状態はいい。調律だけ、と言いつつもアクション部を見てみる。鍵盤にはめる、ドロップアクション特有の『ドーナツ』と呼ばれる部品の劣化がほぼない。なにもしていないければガチガチに固まってしまうため、上手く力が伝えられなくなってしまうのだが。
自信なさそうな口調で男が助言。レギュレーティングレールをいじろうとするところを見て、慌てた様子。
「たぶん……そっちは大丈夫……じゃないかなー……」
そのまま口笛でも吹いて逃げ出しそうな。跳ねる心臓を押さえ込んで見守る。
なにか隠している。サロメはさらに嫌気が増しつつも、一応は引き受けた仕事ということで手は抜かない。
「……しかしひどい調律ね。でも誰か……最近整調をやった跡がある。『から』も『突き上げ』もない。ま、あたしがやればもっと上に引き上げられるけど」
最低限の段階までは終わっている。調律に自信はないから整調だけやった感じか。逆に有難い。変にいじられるよりかはそっちのほうがやりやすい。が、そうなるとそれはそれで不可解なことがある。
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