第200話
「これがあればいい? あと音叉とフェルト」
そう背後から声をかけてくる男。イタリアっぽい店にいるからか、それとも頭に『ゴッドファーザー』があるからか、スーツを着ている男はマフィアに感じられる。ボウタイはしていないけど。その手にはチューニングハンマー。スマートな声掛け、にしては持っているものの癖がすごい。
振り返り、ジロッと睨むようなサロメの目つき。声をかけてくるような男にロクなのはいない理論。
「あんた誰? ハンマーなんて持ち歩く人とは会話するな、って社長から教わってるの」
適当に理由をつけて追い返す。だが実際、そんなものを持っているヤツはだいたい怪しい。普通は持ってないし、それをエサに声をかけてくるとか。怪しさ以外になにもない。ならば無視する。
まぁ、自分でもそう反応するよな、と苦笑しつつ男は「それは今は置いておいて」と無理やり話を進め、女子二人の間に軽く割り込む。
「さっきカウンターで飲んでたら、この子と店の人の会話が耳に入ってね。面白そうだったんで聞き耳を」
調律したらスイーツが付いてくる、というのは話のネタには面白い。それに同じく先ほどのピアノの音には満足してないし、そこに面白そうな話。一枚噛んでみたくなった。
よくわからないが、この変な人によると、これがあればとりあえずなんとかなるらしい。目を輝かせてファニーは持て囃す。
「ラッキーじゃん。ありがたく借ります」
これでダッシュで逃げなくて良くなった。走るのはあまり得意じゃないし、食べたばっかりだから。
なぜか敵が二人に。それでもサロメは嫌なものは嫌。休日は休日らしく。遊んで食べて、と決めている。
「なんでそういう流れになってんの。とにかくやだ」
首を完全に曲げて視線を合わせないように。拒否の合図。変な人に声をかけられるし、もう出ようか。次の店へ行こう。
「なら正式な依頼だ。どこかに所属してるんだろう? どこ?」
「えーと、三区にある——」
「なるほど」
「ちょっとちょっとッ!」
ピアノ前に移動し、男は裏切り者ファニーから聞いた情報を元にアトリエへ電話。なんだか変な流れになっているが、頑なな態度をここまできたら溶かしてみたい。男のプライド。止めに入ってくるサロメのことなど気にしない。
数分後、どっちともつかない表情筋のまま男は戻ってくる。
「アトリエ『ルピアノ』。キミの上司からはオッケーが出た。ならやるだろう。それが仕事なんだろう、サロメ・トトゥさん」
なぜか満足げ。名前も覚えた。星の巡りがいい。
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