第199話

「じゃ、あれ。どーすんの」


 気になったのならなんとかしないと気持ち悪くない? とファニー。自分にはどう悪かったのかはわからないけど。全てのピアノをなんとかしたくなっちゃう人が調律師になるんじゃなくて?


 今のところ、そのピアノに興味を持っている人はいなさそう。というか、人によっては一人用のテーブル席、とでも受け取っている人もいるかもしれない。生憎だがサロメにはピアノのために、ピアニストのために、という考えなど皆無。


「道具もないし。我慢してるわ。てか誰も弾かなきゃいいだけの話」


 静かにお菓子を楽しむ。それこそが至福の時間。BGMは皆の会話とコーヒーを啜る音。それでいい。それがいい。が。


「え、絶対文句言うと思って、ピアノ調律と引き換えでこれ。もらっちゃった」


「は?」


 これ、とスイーツが乗っていた皿を指しながら告白するファニーに、仰天したサロメの口の端からパイ生地が溢れる。


 食べ終わった皿を積み重ねながらファニーは、先ほど持ってきたスイーツの種明かし。お金はないけど追加で食べたくなった。なので悩んだ結果。


「ピアノの調律。引き受けるから代わりにスイーツひとつずつ。交渉して好きなの貰ってきた」


 友人を売るのは心苦しいけれど。ここに来た目的を思い出したらどうでも良くなった。それに、それを食べたのは本人も。対価は労働で。私はネゴシエーター。


 こういう突飛な行動をするヤツだとはサロメとしても知ってるけども。そして美味しかったけども。銃は置いてけ、カンノーリは持ってきてくれ、とか言っちゃいそうになったけども。


「じゃなくて。あたし、今日オフだからって言ったでしょ。それにあたしの調律は高いのよ。アトリエからも言われてるけど、これじゃ釣り合わない」


 いい調律にはしっかりとした報酬を。安く売る、ということは粗悪な調律を許してしまうことになる。それはルノーの教えからも反する。なのでそれはできない。のだが。


「でも今、オフって自分で言った。てことは、高い料金も関係ない。言い値でいいってこと」


 たしかにその言い分はファニーにもわかる。正しい。立派立派。でも今はただの女子高生でしかないわけで。ただスイーツを食べに来た女の子なわけで。アトリエとはなにも関係はない。ことはないかもだけど。というか、これで押し通せないと食い逃げすることになるわけで。


 ほんの少し、心が揺れたがすぐにサロメは訂正。そもそも。そもそもの話。


「あんたねぇ……それに道具ないって言ったでしょ」


 一式アトリエにある。元は自分のではないけど。ただのバールに置いてあるようなものでもないし。残念ながら、とホッと胸を撫で下ろした。瞬間。

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