第196話
クリスマスが近づいてくるこの時期は、ショーウインドウに赤緑白の配色のものが増えてくる。その店も例に漏れず、製菓がその三色をベースとしたカルトナージュ、つまり装飾された箱に詰められたものがディスプレイされ、キュートかつエレガントに客を引く。
店内中央にはU字型にショーケースが並び、そこにはマリトッツォやズッコットなど様々なスイーツ。内側にいる店員に注文をすると取り出してくれ、料金はその場で支払うイタリア方式。なのでカフェよりかはバールと言ったほうが近い。
イタリアでは、イスのないカウンター席かテーブル席かによって飲食店では料金が違うところが多い。回転を重視したこの店は、壁の柱と柱に木製のカウンター席を取り付けてあり、テーブルはテラス席のみ。店内は全て立って飲食を行う。それをここパリでも。
「メイソン&ハムリンてのはね、厄介なのよ」
その壁沿いのカウンター。言い終わりにバーチ・ディ・ダーマ、要約すると『貴婦人のキス』を意味する、ショコラをクッキー生地でサンドした北イタリアの郷土焼き菓子を強く頬張るサロメ。ひと噛みごとにストレスが甘さに緩和されていく。
ショーケース前で注文を待っているかのような人々も、手にエスプレッソとソーサーを持ち、たっぷりの砂糖を入れたそれを二、三口程度で飲む。そして出かける。適度に混んでおり、スイーツをテイクアウトしていく人も多い夕方の時間帯。
イタリアの北や南といった地域が変わると、カップや嗜好も変わってくるほどに奥の深いエスプレッソ。ラテアートはすでに崩れてしまったが、気にせずチビチビと飲みながら友人のファニー・ダリューもキスのおこぼれをもらう。
「ふーん。あんまり興味ないけど、一応聞いてあげる。どんな?」
ふわふわとしつつ、適当にいなす。どうせ聞いてもわからないだろうし、それよりも甘いものを食べにきたのだから。もう一枚。
自身が注文し、お金を払った焼き菓子が減っていくのを横目で見つつも、気にせずサロメはそれについて会話を広げていく。
「二〇世紀初頭に廃止されたんだけど、その当時のピアノはチューニングピンがない。スクリューを回して張力を調整して調律してたってわけ」
通称スクリューストリンガー。世界中の調律師のほとんどが、一度も目にすることなく生涯を終えるであろう特殊な調律法。通常のチューニングハンマーではなく、スクリューレンチで回して張力を調整できるため、わりかし簡単にいじることができるのだが。
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