第197話

「なんで廃止されたの? やりづらかった?」


 そもそも普通の調律法もファニーにはよくわからないわけで。それよりも次はどのお菓子を食べようか、チラチラと振り向きながらショーケースを確認。マリトッツォって、本場だとクリームが甘くなくて、パンのほうが激甘なんだっけ?


 明らかに話半分どころか二割くらいで聞き流されていることに気づきつつも、サロメはまだまだ不平不満が止まらない。受けない、と決まったあとでも一度受けかけたという理不尽な理由で次から次へと。


「さぁ? 当時の資料が全然残ってないからわからないけど、なにかしら問題があったのでしょうね。ただ、この影響なのかテンションレゾネーターとの組み合わせのおかげか、数十年は調律いらずでピッチの狂いもないとか。全く、商売上がったりよ」


「このカッサータ美味しいね」


 もう全くピアノなどどうでもよくなったファニーは、他にも買っていたお菓子に手をつける。甘い、はなによりも優先されるべき子と。ピアノと比べるまでもない。


「さらにアクション。ハンマーがでかい上に、カワイにも導入されているけども、ブラックカーボン製。耐久性や軽さはいいんだけど、木材特有の『しなり』なんかに違和感を覚える人もいる。逆にそのタッチがいいっていう人もいるんだけどね」


 ひと通りの解説が終わり、サロメが横を向いた時にはすでに友人はいなくなっていた。ショーケースの前で、ガラス越しにお菓子を睨みつつ店員と話し込んでいる。


 一分ほど待っていると、両手にスイーツの乗った皿を抱えたファニーが席に戻ってくる。


「終わった? そんなことより追加でなに食べる?」


 もう話の内容など忘れた。なんかコークスクリューがどうとか、ハートブレイクショットがどうとか言ってたような。ともかく人生を生きていく上では使わなそうな知識だった気がする。


 そういえば、とサロメが自分の焼き菓子の皿を見るとすでにない。口元が歪む。


「……そのマイペースさがあんたらしいわ」


 そして新たに調達してきた、ひと口サイズに切られたパネトーネを口に運ぶ。フルーツやナッツの食感が楽しい。やっぱり『味』も『香り』も『栄養』も大事だが『食感』も大事にしたい。


 かろうじて話の方向性を思い出したファニーは、特に新しい会話のネタもないのでそっちに話を戻してみる。


「で、なんでピアノの話したの? ストレス?」


 甘いものでも解決できない悩みは、愚痴として誰かに話すといい。聞く聞かないはこっちの勝手にさせてもらうけど。

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