第194話

 経験豊富なプロ。あまり触れることのないメーカーのピアノ。はぁ、とため息しかサロメにはできることはない。


「レダさんは? あの人なら問題ないでしょ」


 自分も調律に自信はあるが、もうひとり。レダ・ゲンスブールなら安心して送り出せる。送り出せるというのもおかしい話だが。


 一瞬真顔になるルノー。と思いきや、すでに先手を打ってある。


「年末で本職が忙しいらしくてな。今回は無理だ。というわけで、できるのはサロメだけ。当然、ランベールもつけていく。揉め事を起こさないようにな」


 彼は調律師は副業であるため、時間のある時だけしか顔を出せない。結果、今回は不参加で。


 そして重すぎる役目を背負わされたランベール。感情が消える。


「無理でしょ。プレイエルの時も、ブリュートナーの時もまず揉めてからですし。相手の嫌なところを見つけ出すことに関しては世界一です」


 過去を思い返す。とりあえず聞いた話も混じってはいるが、特に男性とはよく揉める。女性とは波長が合う。今回は男性の双子。倍揉める。絶対。すでに諦めと相手方への謝罪の言葉でも考えておく。


 どこかから取り出したクッキーを取り出し、ガリガリと齧りながらサロメはさらに問題点を指摘する。


「つーか。そいつら英語でしょ? 細かい打ち合わせするなら、しっかりとした意思疎通が必要。『どんな弱さなのか』『どんな音を目指すのか』、その他色々。はい、無理無理。変な通訳挟んでめちゃくちゃにしていいの? あたしは構わないけど」


 無理な点を探し出す時は頭が回る。フランスでは母国語以外に英語と、もうひとつ言語を学ぶことになっている。だが授業で習う程度で、苦手な人も多い。


 無理やりサボろうとしてることは明白なのだが、一応その理論の筋は通っている。ピアニストを尊重するのであれば、それもランベールには理解できること。自身が弾くとしたら、と想像すると、やはり調律師と直接話したい。


「……一理ありますね。メーカーにこだわるワガママな人は、理想の音が出せないと直前キャンセルとかよく聞く話です。俺も英語は片言ですし」


 そう考えると、今の時点で断るのはひとつの手。チケットを買った人にも申し訳ないし。なるほど、そういった断り方もあるか、と逆に勉強になった。


 のっそりとソファーから立ち上がり、伸びをしたサロメは断固として譲る気はない。


「ともかく。あたしはパスね。絶対やなヤツら。スパイダー・フィンガーズとか、どう考えても名前負けしてるに決まってんでしょ。蜘蛛は蜘蛛でもイエユウレイグモね。遅くて弱くて毒もない」


 やたらとマニアックな知識を披露したところで、このあとの予定を脳内で確認。ファニーと合流してスイーツカフェへ。初めて行くところで下調べはしていないが、それもあえて。前情報がないほうが美味しく感じられるから。

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