第193話

 ならばメイソン&ハムリンはどちらなのか? というと、どちらにも当てはまらない。それはなぜか。


「テンションレゾネーター。独自の装置が、響板と支柱の間に取り付けられているメーカーですね。まるで蜘蛛のような形の金属棒を張ることで、リムの変形や響板の沈下を防ぐ。通称スパイダー」


 初めて本物を見た時はランベールも変な緊張をしたことを覚えている。本当に蜘蛛のようだ、と。写真で見たことはあったし、機能も目的もわかってはいるのだが、なんだかピアノに違う生命体が巣くっているようで。漫画とかで見る、操ってる本体みたいな。


 その歴史あるメーカー。様々に眉唾モノの噂があることをサロメも聞き及んでいる。


「一説によると、百年以上、弦の張り替えもせずに弾けたとか、調律なしでも音が濁らないとか。そんなわけあるかっての」


 本当かどうか怪しいのだが、もしそうであれば調律を生業とする者として複雑。もちろん長く使えるように整調から整音までやらせていただくわけだが、それでも調律は定期的にするべきもの。機構にかまけておろそかにする人もいるかもしれない。


 しかしこのメーカー。あまり知名度というものが他のメーカーに比べてもない。音も申し分なし、テンションレゾネーターがついているものの、調律の方法自体も違うわけでもない。その理由は。


「年間の生産数が少なすぎて、中々アメリカから出回らない。以前調律したエストニアのほうが見かけるかもな。偶然、ウチに入ってきたのが先月。しばらくはウチ預かりで販売は無し」


 広大なアメリカという土地にも関わらず年に数百台。国外に輸出しようとする気もあまりないらしい。たまたま店にあったわけだが、今回のコンサートでそれをレンタルで送り出すことに。


 となると問題は調律。弾き手は著名なピアニストにマスタークラスとして教えを請うているほど、まだ伸び盛りの若手ピアニスト達。様々な基金コンサートや祝典でもその腕前を披露し、フェスティバルなども出演多数。


 携帯で兄弟を調べるランベール。すでにウィキペディアまで存在するほどだが、それらを読んでいくと感嘆の息が漏れる。


「すごい経歴ですね。名前は聞いたことがありましたが、ここまで売れっ子とは。エルミタージュ・アムステルダムでの演奏や、イエローレーベルの最年少契約。コンクールなどには出てこないようですが、実力は間違いなく本物」


 音楽院などに所属することなく、プロのピアニストに認められて手ほどきを受ける。コンクールは名を売るために過ぎないと割り切り、経由することなく舞い込んでくる仕事を国内外で。

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