第192話

「連弾で世界を沸かせる双子。アーロンソン兄弟、って聞いたことないか?」


 反発があるのはいつものことなので、軽く受け流しつつルノーは話を進める。感情薄めに作業感のあるやり取り。


 しかし名前を出されてもサロメにはピンとこない。そもそも、基本的に覚えるつもりもない。さらに体が重力を強く感じる。


「知るわけないでしょ。興味ないっつーの。だから。なんでそれがあたしが担当することになってんのよ。ランちゃんはどこいったのよ。もしくは自分でやれば?」


 それもレンタル、ということはここの店に置いてあるピアノ。まだ触れていないピアノを追い求めている、という自身のポリシーとは相反する。ゆえに却下。


 などという意見もルノーにはどこ吹く風。淡々と話を進める。


「彼らは高速連弾を得意としていてな。『スパイダー・フィンガーズ』なんて呼ばれ方もしている。今回使うピアノのヒントもスパイダー。これでわかるか?」


 スパイダー。蜘蛛。アメリカ。となるとサロメにもどのメーカーを使うかわかってくる。仕切り越しに、そのピアノが置かれている位置を睨む。そしてその通り名にも言及。


「なにそれ、ダッサ。でもま……たしかに、ランちゃんには荷が重いかもね」


「聞こえてるぞ。なるほど、メイソン&ハムリン。難しいピアノですね」


 そこに入ってきたのはランベール・グリーン。アトリエの中では真面目で礼儀正しいほう。というのも、実力のある二人はやる気がないヤツと、あまり仕事にこないヤツなので、必然的に真面目で礼儀正しく見えているだけ。


 メイソン&ハムリン。このピアノは独自の哲学を持ってピアノを設計している。各メーカー、当然持ち合わせているものだが、明確な違いというものが存在する。それはどういったものか?


 まずピアノには『オールドスタイル』『モダンスタイル』という言葉がある。それは、弦の張力合計二〇トンを支えるフレームに金属を使っているかどうか、で分けられるとされている。ピアノの重さの一番の要因はこのフレームにある。


 フレームの役割は弦を張ることであり、その下の響板で音を響かせ、さらにその下の支柱でピアノ全体を振動させ、音量を増すというふうに大まかに分けられる。支柱に関して特に高音部は低音部よりも張力が強いため、フレームが歪みやすくなることもあり、そこを支えるというメリットもある。


 一八世紀の終わり頃、イギリスのジョセフ・スミスという人物が、支柱に金属製のものを使って特許を取得したあたりから、フレームにも金属をということで一斉に広まっていく。そこがオールドとモダンの分け目となる。

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