第191話

「コンサート用のレンタル? の、調律ねぇ……」


 いつも通り、ピアノに関わることとなるとサロメ・トトゥは魂が抜けていくのを実感する。学校終わりの制服。仕切りがされた、商談用の店奥のソファーに寝転がりながら、とりあえず不満げな顔で遠回しに断る。


 パリ三区、ピアノ専門店アトリエ『ルピアノ』の店内には、アップライトやグランドピアノが多数揃えてあり、試弾も可能。定期的に調律を施し、来店したお客はそれを弾き、自身に合ったピアノを購入する。新品のピアノを置くことは基本なく、そちらが欲しい場合は各メーカーに直接問い合わせる。


 中古、というと使い古されくたびれたイメージを持つ人も多いかもしれないが、ピアノはむしろ弾かれることによって響板や弦などが馴染むため、長く丁寧に調律されたピアノこそが至高の輝きを放つ。


 従業員が相変わらずやる気を出さない。ここまでは想定通り。社長であるルノーはニカっと笑う。


「なにやら自国のピアノ、というものにプライドを持っているらしくてな。ただ、スタインウェイ以外をご所望だそうだ。新鮮な気持ちで弾きたいらしい」


 自宅にはスタインウェイの中型グランドを持っているとのこと。なら弾き慣れている同じメーカーにすればいいのでは? という考えもあるのだが、いつもと違う音をあえて求めるピアニストはいる。コンクールではなくコンサートやリサイタルは自由にできるため、注文が多い。


 繊細な演奏を可能にするために、鍵盤の材質までこだわる場合もある。現在ではワシントン条約で禁止されているが、本物の象牙を使った鍵盤がしっくりくる、と人工象牙やプラスチックでは満足できないと文句を言うピアニストもいるほど。


 が、お腹が空いてきたこともあり、エース調律師であるサロメには、ややこしい依頼はやる気を削ぐ材料にしかならない。


「はー、めんどくさ。で、なんでウチ? 別にウチである必要性もない。そもそもが嫌いなのよ、ピアノを国やメーカーでこだわるヤツ。ちょっと前にもいたような気もするけど」


 不平不満ならいくらでも。たしかプレイエルしか弾かないとかいう、しょうもないのがいた気がする。あとブリュートナーとか。名前は忘れた。覚えるほどの腕前でもなかった。


 アトリエや、ピアノ販売をしているギャラリーなど、こういった店の仕事は大きく分けて三つある。まずは主たるピアノや道具の販売、そして調律、最後にピアノの貸し出し。もちろんその他にも業務はあるし、どれかしかやっていない、というところも当然あり、調律は外注ということもある。サロンリサイタルを主催したりも。


 例えば今回のように、ツアーとして海外からピアニストが来る場合、自身の使っているピアノを飛行機で持ち込むこともあれば、そのホール備え付けのピアノ以外で演奏を希望される場合、こういった店にレンタルの話がくる。

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