第180話

(やはり、弾きやすさで言えば普段のヴァイオリンのほうが、今の私には合っています。でも、果たして今後は——)


 邪念が混じるが、ブランシュは気にしない。それも自分のヴァイオリニズム。


 八分ほどの短い協奏曲。弾き終わると、真剣な表情のリュカが大きな手で拍手を鳴らす。


「素晴らしい! 全然詳しくないんだけど、でもなんかこう、刺さるものがあった! いい演奏だった!」


 たまにはピアノ以外にも、色々な楽器のコンサートを開いてみよう。弦楽器も。打楽器も。そう意識を変えるのには充分な演奏だった。


 自身にも収穫があったのは事実。ケースにしまうブランシュの表情は、満足したもの。


「ありがとうございます。ほんの少しだけでも、喜んでいただけたらそれで——」


 ——はて? 本来はピアノの調律だったはずだが、どうしてこんなことに? と再度疑問を持つ。


 ヴァイオリンの音を拾いつつも、ピアノの状態は確かめることはできた。あとは調律。整音。それほど時間はかからないだろうとレダは判断。


「こっちもある程度、音の方向性が見えた。じゃ、今から調律するから、二人がどうなっているか様子を見てきてくれる?」


 二人、とは当然、下のフロアの問題児AとB。喧嘩してなきゃいいけど。してたとして、ブランシュちゃんに止められるかは不明。


 そんなことなど一切知らないブランシュ。実はずっと気にはなっていたので、楽しみでもある。


「はい、では行ってきます。リュカさんは——」


「俺は少し筋トレしておきたい。滾るものがあるからね」


 演奏で高まったエネルギー。発散しておかなければ、どうなるかわからない。トレーニングルームがあるとのことで、リュカも部屋から出て行く。


「……みなさん、自由ですね」


 とはいえ、そう呟いたブランシュも続いてドアを出ると、柔らかいライトで照らされた内廊下を通る。自分とは違いすぎる世界に萎縮しつつ、エレベーターで下のフロアへ。


 到着し、重い木の扉を開けると、そこには上のフロアのような生活感はないが、整理された趣味の部屋、という印象をブランシュは受けた。まるでディーラーに美しくディスプレイされた高級車があるように、ピアノやキックカーなどが置かれている。


 そしてそのキックカーで、つまらなそうに頬杖をつくベアトリスを発見。とはいえ、今日が初対面。ゆっくりと近づくが、声をかけづらい。すると。


「なんだ?」


 視線に気づいたベアトリスが、自身の目線はそのまま真っ直ぐ、調律中の金色のピアノのようなものを見ながら、問いかける。


 発言を許可され、そろりそろりとブランシュは、喋る中身も考えずにとりあえず声をかける。


「……あの、ベアトリス、さん」


 勇気を振り絞って。なぜだか、色々な意味で勝てる気がしない。

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