第176話
とはいえ、ひとつでも持っていれば充分に誇れる。お金を用意するだけでは手に入らない。譲ってもらうにしても、もとから富豪の人物が持っているわけで、金額では揺れない。
「いやはや。ここにあるのだけでも。ピアノに関わる仕事をしている人間であれば、興奮は冷めやらないですね」
それ以外にも下のフロアには、その他珍しいアップライトピアノやレトロなキックカーなど、価値のありそうなものが多数展示されていた。それをレダは思い出した。ついでに聞く。
「しかしなぜピアノのコレクターになろうと思ったんですか? 好きなクラシック曲がある、とかそう言ったところから?」
例えばレトロなピアノを保持する人の中には、好きな作曲家のその時代のピアノ、という同じ条件で弾きたがる場合がある。そこからしか見えないもの、聴こえないものがあるという信念で収集する。だが、リュカは弾くわけではないし、知識があるわけでもない。
その理由を、少し間を置いてからリュカが口にし始める。
「そうではないんだけどね。学生時代にソフトが当たった、と言ったでしょ? 実はね、俺以外に中心となったヤツがいたんだよ。そいつがクラシックが好きだった、ってところだね」
そして目線は窓の外へ。遠い目で見つめる。
なんとなく事情は察した。が、ここまできたらレダは探りを入れてみる。
「……今はその方は」
聞きにくいことだとは思うが。その遠慮をリュカも感じ取り、むしろ笑みを浮かべて返す。
「……もういない。ヤツの希望でペール・ラシェーズに眠っている。ショパンと同じ墓地がいいんだとさ」
その方角。今も魂だけでもあるのだろうか。それはわからない。
「……そう、だったのですか」
つい先日、ブランシュも訪れていた場所。なんとなく、感慨深い。ヨーロッパでは一一月の万聖節は、墓地にカラフルな菊を供える風習がある。そのため、パリにある三大墓地に眠る著名人などの墓は、たくさんの観光客が集う。
「まぁ、そいつのためってわけでもないけど。俺もクラシックは聴くのは好きだし。だからこうして定期的に仲間を呼んでピアノを楽しんでいるわけ」
時にはパーティー会場のようにもなるこのフロア。そのためのバー。そのためのピアノ。こだわりを詰め込んだリュカとしては、最大限に楽しんでいる。
とはいえ、ピアノは百年はもつもの。もっと弾き込んだほうが音も良くなる。調律師としてレダがアドバイスを送る。
「なるほど。まぁ、ピアノに携わるものとしては、インテリアとしてよりも弾いたほうが長持ちしますから、オススメしたいですね。使い続けることで、音質が変わっていきますし」
どうしても音の硬さはなんともしがたい。これはこれで硬質な音を好む場合と作曲家の曲もあるが、無理やり柔らかくしすぎるとクリアさが失われてしまう。特にクリスタルはそこが長所。わざわざそれを打ち消す必要もない。
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