第175話
上のフロア。追い払われたレダが、クリアホワイトの鍵盤とアクションを外して、整調を開始する。ピンの汚れなどもないし、ゴミなども入り込んでいない。ホコリが少々。摩耗もほぼない。本当に弾かれていないんだな、と肩をすくめる。
「……いやぁ。素晴らしいピアノに囲まれていて羨ましい。調律師として、今後自慢できます」
言葉としては真実。こういうネタは多く持っているに越したことはない。
褒められると当然リュカは嬉しい。筋肉にハリが出てくる。
「そう言ってもらえると嬉しいね。結構頑張ったから」
傍のソファーに座り、その経過を見つめる。なにをやっているのかはさっぱりだが、六千あるといわれるピアノのパーツが分解されるのも、それはまた美しい。見ていて飽きない。
話の話題は下のフロアの金色のピアノへ。率直な感想をレダが述べる。
「しかもペガサス、それも『ギャラクシー』まで。生きているうちに見てみたいピアノのひとつでした。それが叶ったわけです」
ピアノのパーツが消耗されていないのはいいことではあるが、言い換えると馴染んでいない。急激に環境が変われば、音が落ち着くまでに数ヶ月。だがほぼ弾いていないこともあり、まだこのピアノも本来の力を発揮できていないのは明白。少し勿体無い。
「なんとか譲ってもらったからね。いくら積まれても、と言われていたから数年かかったよ。あとはハインツマンのクリスタル、と言いたいところだけど」
語尾を窄めるリュカ。諦めが混じる。
「あれはたしか、一度演奏されただけで役目を終えた、とも言われていますね。これはもう流石にお目にかかることは難しいでしょう」
史上最高額の落札価格を叩き出した、ハインツマンのクリスタルピアノ。万が一、これの調律を頼まれても、レダは諦める予定。というのも、本物のクリスタルを使っており、その重さで壊れやすいという指摘がある。実際は不明だが。
そんなもの、壊してしまった日にはアトリエは終わる。だが、本音ではもちろん『調律してみたい』。
探すことは一応やったが、リュカを持ってしても現在の所在は不明。北京オリンピックで開会式に使われた、とのことだが、実際の映像を観てみると、どうも偽物疑惑が出ている。真実は闇の中。運搬途中で壊れてしまった可能性も。
「中国の富豪が現在持っている、とは言われているけど信憑性は不明。いつか見てみたいけど」
ピアノコレクターとしては、誰もが夢見るであろう『値段の高いピアノを上から揃える』という幻想。結局は幻想のまま終わる。
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