第171話

 響板、フレームなどをじっくりと観察しながらサロメは鍵盤を鳴らす。とはいえ、普通のピアノと同じではないことは明らか。そもそもがデザイン自体『いい音』よりも『いかに魅せるか』にこだわっている。


「呼ばれたんだから堂々としてりゃいいのよ。しっかし、特殊なもんかと思えば、色々分解できれば、中身は普通のグランドに近いわね。これ、開けられる?」


 と、譜面台四隅にあるネジ穴を指す。これさえ外せばハンマーでピンを回せる。世界でも類を見ない、ある意味での最高級品。各自好みはあれど、音色の頂点がベーゼンドルファーやスタインウェイだとしたら、こちらは全く違う観点での最高峰。


 別に頼まれていないピアノなわけだが、それでもいじってしまうのは調律師ゆえか。『いじっちゃダメ』『いじれるのはメーカーの専属調律師のみ』。そんなことを言われると、より調律したくなる。ルールを破りたくなる。


「開けられるけど、大丈夫? 一三〇万ユーロ。というか、お金で解決できないピアノだよ」


 一応。一応レダは年長者として注意をしてみる。聞くとは思っていないけど。


 その思惑通り、獲物に狙いを定めたサロメは梃子でも動かない。肉を前にしたライオンと同じ。


「あたしらが調律できなきゃ、誰もできないわよ。ほら、調律師の数って減ってるじゃない? 若者が学びたいって言ってんだから、誰が咎めるってんのよ。壊したら壊したよ。泣いて謝る女子高生、怒れる?」


 自らの武器も全て使って泣き落としにかかればいい。使えるものは全て使う。まずはこの人が壊した、って最初に言おう。


 背筋に寒気を感じたレダだが、言いたいことはわかる。むしろ、ここを逃したらペガサスはともかく、ギャラクシーに触れることなどない。となると、乗るしかない。幸い、電動リフトの屋根は開けてある。


「……それもそうか。おそらくそこまで弾きこんでいないだろうから、摩耗などは考えないでいいだろう。一応は整調も——」


「じゃあ、こっちはあたしが見とくから、クリアホワイトのほうはよろしく」


 鍵盤蓋を外し、サロメはいつもより慎重に床に敷いたシートの上に置く。ほんの少し震える。


 流れるように進行していく解体作業。ここに来た理由の半分を奪われようとしているレダは、待ったをかける。


「……じゃんけんしない?」


 ここは公平に。クリスタルピアノもレアだよ? あっちも楽しいよ?


 アクションと鍵盤を引き出し、イスに乗せたところでサロメは「はぁ?」とゆっくり振り向く。


「そっちが引き受けた調律でしょ? こっちは遊び。ちゃんと仕事しないと社長に言うわよ」


 あくまで、クリスタルは依頼の品。ということは、頼まれた人物がやるべき。という理論。本来であればクリスタルも相当な変わり種。マニアにしても、喉から手が出るほど欲しいものなのだが、今回は相手が悪い。世界で五本の指には入るであろう希少価値の高いピアノ。

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