第170話
一方、ひとつ下のフロア。この階も上と同様に、パリの街並みが楽しめる景観と、リュカの私物が置かれている場所。博物館のように、かなり年代もののアップライトが背中合わせで置かれていたり、レトロなフランスのおもちゃが規則正しく並べられていたりする中で。
『それ』は、SF映画に出てくる方が適切とさえ思えるもので。
「……これは」
しゃがみ込んだレダが足元を確認する。デザイン界の巨匠、ルイジ・コラーニがデザインしたピアノは、横から見ると狩猟民族が使うようなブーメランのような形で。
「……はっ……笑うしかないっつーの……」
正面から全体を見据えるサロメが感じたものは『スポーツカー』。屋根には跳ね馬のエンブレム。イスはピアノと一体化しており、これひとつで世界が完結しているようで。
近く、遠く、上から、下から。まじまじと観察するレダだが、背筋が凍るよう。
「たしかに。ここにあったのか」
知識でしか知らなかったもの。もちろん、ペガサス自体初めてなのだから当然なのだが。
言いたいこと。感じたこと。全て彼と重なるサロメ。
「……マジで? ペガサスはペガサスでもこれ——」
見据えた先のレダは小さく頷く。
「あぁ。『ギャラクシー』。金額にして一三〇万ユーロを超えた超・超・超高額ピアノだ」
ありえない、と自身の唇の渇きにすら気づかない。それほどに今、異常な状況。
シンメルの『ペガサス』は、世界に数台だが、オーダーメイドなため、色は自由に選べ、基本は赤や黒、白といった色に落ち着く。好みの色にすることができるのだが、その中に一種類、とんでもないものが紛れ込んでいる。それがこの『ギャラクシー』と呼ばれる黄金に輝く逸品。
ボディは全て24金で覆われており、こちらはオーダーメイドではなく超少数限定生産。なんと一三六万ユーロという、オークションを除けば最高クラスの値段がついたピアノのひとつとなっている。個数からいっても値段以上に貴重なピアノ。
その奇跡のようなピアノを前にして、畏敬の念より興味が勝つサロメ。
「ふーん。うっわ、本当に直線がないんだ。ふーん、ふーん」
『スター・ウォーズ』の宇宙船のデザインのような滑らかなフォルム。それをペタペタと触れて確かめる。さすがにこのサイズをバレずに持ち帰るのは無理。ならせめて全身で記憶しておく。これは自慢できる。ギャラクシーを堪能した肢体である、と。
その様を見て、レダは『あ、この子には敵わないな』と負けを認める。
「……すごいね。僕だったらもう少しは躊躇するよ」
この図太さは見習いたくない。
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